【書評】『龍馬の「八策」 維新の核心を解き明かす』/松浦光修・著/PHP新書/960円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
司馬遼太郎『竜馬がゆく』、NHK大河ドラマ『龍馬伝』などで創られた坂本龍馬像は、「戦争嫌いの平和主義者」「人間はいいけど学問がない」といったものだ。そうした龍馬像は戦後日本の規格に合わせて脱色されたものだとして、龍馬の「ものの考え方」から実像に迫ったのが本書である。
著者は伊勢にある皇學館大学教授で、日本思想史の専門家である。吉田松陰や西郷隆盛といった幕末の「志士」、勝海舟や横井小楠といった「開明派」からの影響を確認しながら、龍馬の行動力と構想力が明らかにされる。
龍馬の手紙や同時代の証言など、重要史料を巧みな現代語訳で紹介し、証拠をひとつひとつ吟味していく(巻末には五十八にも及ぶ重要史料の原文も掲載し、本格的である)。着実な手続きで、龍馬の「志」に推参しようとする。
坂本家は代々学問好きの家であった。坂本家の家学は「国学(皇学)」だったので、江戸時代の武士の教養である漢学よりも、和歌や和文に通じていた。龍馬の手紙の生き生きとした描写や型破りな観察の拠って来たる所以は、そうした「ひらがな」の学問であった。
おりょうとの新婚旅行を姉の乙女に報告した有名な手紙で、由緒ありげな「天狗の面のついた天の逆鉾」を龍馬は馬鹿にした。学者は「倫理や道徳に縛られない」近代的龍馬をそこに見るのだが、大間違いと著者は指摘する。龍馬の学んだ国学は「科学的」で「合理的」だったから、あやしい俗信は拒絶した。龍馬は「近世合理主義者」として、「神々を仰ぎ、皇室を尊ぶ」点ではふつうの「志士」であった。
龍馬の読書でいえば、『新葉和歌集』を送ってくれ、と姉にねだり、『大日本史』一揃いを本箱ごと貸してくれと親友に頼んでいる。どちらも幕末の志士の必読書である。こうして著者は江戸時代に発達した「尊皇思想」史の中に龍馬を位置づける。日露戦争開戦の時に、龍馬は皇后の夢枕に白無垢姿で出現した。その不思議なエピソードを納得させる龍馬像である。
※週刊ポスト2017年2月24日号