指揮者・佐渡裕(55)は、日々の演奏会に忙殺されながらも、クラシック音楽を少しでも広め、その面白さを知ってもらおうと積極的に活動している。2008年から7年間にわたって務めた『題名のない音楽会』(テレビ朝日系)の司会もその一環であり、芸術監督を務める兵庫県立芸術文化センターで行なわれる地域の人々とのイベントにも毎年参加する。
佐渡はまた、1999年から山本直純の後を継ぎ、年末の「サントリー1万人の第九」を指揮し続けてきた。全国の応募者の中から、抽選で選ばれ構成された1万人の合唱団。世界最大規模の合唱コンサートで、初めて振ったときに、佐渡は体重を7kgも落としてしまったというほどの「難物」だ。各地の合唱指揮者の下で練習を積んだ100人、200人単位の人々が集まり、1000人規模となったところで、「佐渡練」と呼ばれる佐渡の練習を行なう。
「4割ぐらいが未経験者で、そういう人たちに1000人で歌うことの難しさと喜びを体験していただく。最終的に1万人で歌うわけですから、1万人の中の一人が適当に歌うのではなく、自分自身が主人公の一人であるという意識を持たせる。そしてベートーベンは何を求めていたのか、僕の言葉でみんなをその世界に引き寄せる。練習に入るとめちゃくちゃエネルギーがいるんです」
壇上に立った佐渡は、合間、合間で次のような話を挿入して、「第九」の背景をやさしく解く。
「ケルビムという天使の門番が神様の前にいて、簡単には神様のいる天国には行かせてくれない。みんなで力を合わせてケルビムに立ち向かって、フロイデという喜びをつかみに行く。努力してすごい尊いこと、高みを目指すけど、なかなかたどり着かないんです」
佐渡が言葉を発するたびに、団員たちはみるみる一つにまとまっていく。声が輝き出し、向かっていく先が定まってくる。これこそが指揮者・佐渡の力なのだろう。
もっとも、最初に第九のオファーがあったとき、佐渡は固辞している。「1万人で歌うなんてバカげたお祭りだ」と思ったからだと笑う。が、結局、18年も続けている。
「ベートーベンが第九に込めた思いみたいなものが、1万人と共に取り組むことで、自分の中でもっと近く感じられるようになった。この革命的で、挑戦的な交響曲が身近になったんです」