上司に注意しなければならなかったのか?
芸人が当て逃げ事故を起こし、問題となったのは記憶に新しいところだが、上司が運転中に当て逃げをした場合、一緒に乗っていた人間も責任を問われるのだろうか? 弁護士の竹下正己氏が回答する。
【相談】
先日、上司の車に同乗した際に“ガリッ”という車同士が接触する音と衝撃を感じました。上司は何事もなかったかのように運転を続けていたのですが、この場合、助手席にいた私は上司だろうと注意なり、確認をしなければ罪に問われるのでしょうか。
【回答】
交通事故が起きたとき、運転者や、その他乗務員は直ちに運転を停止し、負傷者を救護する義務を負います。
運転者はさらに、警察に報告する義務があり、運転者が死亡などでできない場合は、その他乗務員に報告義務があります。これらの義務違反は道交法違反の罪になり、処罰されますが、この「その他乗務員」とは「運転者と同様に考えられる乗り合い自動車の車掌、ハイヤーやタクシーの助手などを指すから、単なる同乗者は含まれない」と解されています。
そこで単なる同乗者に過ぎない場合には、犯罪になりません。もっとも、事故に気付いた上司から相談を受けて、これらの義務違反を勧めれば共犯になります。
また、刑事罰がなくても不誠実な対応に協力すると同乗者も事故の共同不法行為者として、損害賠償の民事責任を負うことがあります。例えば、事故発生に気付きながら停止しなかったものの、同乗者の提案で現場に確認に戻り、負傷者を確認したのに救護せず走り去った事件では、道交法に基づく他条理上、救護義務や援助依頼義務を負うことになり、それは同乗者も同じで、共同不法行為責任を負うとした裁判例があります。
救護義務や報告義務は、運転者が事故発生を認識していること(故意)が前提ですが、事故を起こせば、何らかの現象があり、それに気付いていれば、事故かもしれないという認識(未必的故意)があるので、故意は認められ、事故が起きると、その故意を否定するのは困難です。そこで、助手席で事故発生を疑う音や衝撃があれば、運転者もわかっていたはずで、言い逃れは難しいでしょう。
事故発生の責任に加え、救護義務違反や報告義務違反で運転者が苦労しないよう、上司であっても運転停止と確認を勧めるべきであったと思います。
【弁護士プロフィール】
竹下正己(たけした・まさみ):1946年、大阪生まれ。東京大学法学部卒業。1971年、弁護士登録。
※週刊ポスト2017年3月3日号