【著者に訊け】春見朔子氏/『そういう生き物』/集英社/1300円+税
片方は、〈千景〉。片方は、〈まゆ子〉。千景は薬剤師、まゆ子は叔母のスナックで時々働き、今は千景の部屋に居候する元高校の同級生。そんなぼんやりとした輪郭しかわからないまま、物語は進む。
第40回すばる文学賞受賞作『そういう生き物』?。これが初著書となる春見朔子氏(33)は札幌在住の薬剤師で、2年前の春、「友達と食事をしていたら子供の頃の夢が小説家だったという話になって、?『でも小説って今からでも書けるよね』と言われたのがきっかけ」で小説を書き始めたという。
〈そばにいるのに、わかりあえない二人。わかりあえないのに、歩み寄る二人〉と帯にあるが、親友、恋人といったどんな名称も2人の間に流れる空気や温度を語り得ない、そんな関係だ。
千景+まゆ子は、足してもそのまま千景とまゆ子でしかなく、それでいて何ら絶望を感じさせない、フラットで現代的な人間関係小説である。
〈どこかでこぷこぷと音を立てているものの正体に、私はまだたどりつけずにいる〉
本書の書き出しである。ある朝、目覚めた千景は〈おはよ、ちーちゃん〉と声をかけられ、音の正体が、まゆ子が寝袋共々持ちこみ、〈冷蔵庫の上の電子レンジの上〉に高く積まれたコーヒーメーカーだと気づく。
〈電化製品は、積み木ではないんですが〉、〈震度いくつまで大丈夫かな〉等々、延々続く不毛なやり取りに千景は〈この問答になにか意味はあるのだろうか〉と半ば呆れながらも、まゆ子の淹れたコーヒーを啜った。
〈一週間前に、彼女はこの部屋に来た〉〈言い出したのは確実に私で、口にした直後から、あれ、私なんでこんなこと言っちゃったんだろうと後悔したけど、まゆ子のあまりに嬉しそうな顔を見たら、もう撤回することもできなかった〉
やがて2人が再会したのは叔母のスナックらしいこと。千景は大学時代の恩師である〈先生〉の家で今も〈線虫〉の観察をしていること。一方のまゆ子は、〈先生〉の孫であり、千景の家に2匹の〈カタツムリ〉を預けに来た少年〈央佑〉になつかれること。千景とまゆ子の高校時代に何か秘密があることなどが、だんだんにわかってくる。