金正恩が北朝鮮の最高指導者となってから7年、金正男はなぜ今になって暗殺されたのか。この時期の暗殺には、別の大きな意図もあったのではないかと、元公安調査庁調査第二部部長の菅沼光弘氏は推察する。
「アメリカのトランプ大統領は、北朝鮮を押さえろと中国に圧力をかけている。果たして中国はどう出るか。北朝鮮としてはこのタイミングで、2つのメッセージを発した。
一つは、2月12日に新型の中距離ミサイル『北極星2型』を発射したこと。これは中国の北京が射程に入るミサイルです。もう一つのメッセージが、中国がいざというときのカードとして保護してきた金正男の暗殺。『中国の言うとおりにはならない』という脅しではないでしょうか」
北朝鮮事情に詳しいジャーナリストの李策氏は、別の狙いを指摘する。
「20年前に李韓永(金正日の甥)が暗殺されたのは、朝鮮労働党書記だった黄長燁が中国で韓国大使館に駆け込み亡命を申請した直後でした。暗殺は、黄長燁に対する牽制でもあったのです。
昨年来、在英大使館公使の太永浩をはじめエリートたちの脱北が相次いでおり、亡命政府の設立が取り沙汰されている。このタイミングの暗殺は、彼らに対する牽制にもなっているはずです」
金正男と李韓永は、母同士が姉妹で同居していた時期もあったため、仲が良かった。李韓永が金正男に関して語っていたエピソードが、あまりにも示唆的だ。
「まだ正男が5歳の頃、官邸の庭を金正日指導者と散歩してたんです。そのとき池の中でアヒルがギャーギャー鳴いてたんですが、正男は父親にアヒルの鳴き声が嫌いだと言ったんです。そしたら金正日指導者がいきなりピストルを抜いてアヒルを撃ち殺した。そして正男にこう言ったんです。“嫌な奴はこういうふうに始末するんだ”と」(落合信彦氏による『SAPIO』でのインタビューより。1996年6月)
父の教えを引き継いだのは、弟のほうだった。
※週刊ポスト2017年3月3日号