映画監督として世界で名を馳せるビートたけし氏だが、「役者」としての評価も高い。『ソナチネ』『アウトレイジ』など自身の監督作に数多く主演しているほか、テレビドラマにもたびたび出演し強烈な存在感を残している。2017年中に放送予定のテレビ東京のドラマ特別企画『破獄』でも、俳優・山田孝之との共演が話題だ。たけし氏本人は「役者としての自分」について、菅原文太を引き合いに出して、著書『テレビじゃ言えない』(小学館新書)でこう語っている。
* * *
菅原文太さんは1973年から『仁義なき戦い』、1975年から『トラック野郎』の両輪で活躍した。「2つの当たり役を同時につかんだ」なんて言われてるけど、そんな生易しいもんじゃない。恐ろしいくらいに難しいことだ。
オイラは『戦場のメリークリスマス』に出演した時、まさにその難しさを感じた。当時は演技経験なんてまるでないし、ヘタだってことは十分自覚してた。だからコッソリ映画館に出かけていって、客としてあの映画を見たんだよ。で、気がついたのは演技の巧拙よりももっと深刻なことだった。映画にオイラが登場しただけで、ドッと笑いが起きたんだ。「タケちゃんマン」やら漫才のイメージが強すぎて、オイラは役者として見られてなかったんだよ。
ショックだった。だからテレビドラマで、大久保清やら凶悪犯を立て続けに演じたんだ。ドラマや映画で「お笑い芸人のたけし」を消し去るまで、ずいぶんと時間がかかったね。
じゃあ、文太さんはどうか。『仁義なき戦い』は東映の実録ヤクザ映画路線の代表シリーズで、深作欣二監督らしいバイオレンスあふれる作品。一方の『トラック野郎』は、ギャグあり下ネタありの爆笑コメディでね。だけど文太さんは、どちらもこなしてしまう。
『トラック野郎』を観て、「『仁義なき戦い』の広能昌三がこんなくだらないバカをやったら格が下がる」とは言われないし、逆に『仁義』シリーズを観て、「『トラック野郎』の桃次郎が怖い顔して人殺ししてるぞ」と笑われることもない。
これって神業なんだよ。オイラ自身が大変だったから、あの人の偉大さがわかる。文太さんに「巧い役者」って評価はそんなになかったけど、本当はものすごい「テクニックの人」だったと思う。頭をフル回転して役に取り組んでいたはずだ。
※ビートたけし/著『テレビじゃ言えない』(小学館新書)より