作家・村上春樹氏の7年ぶりとなる長編『騎士団長殺し』(第1部・第2部)が合計130万部という驚異的な初版部数で発売され、日本の出版界は久々のハルキバブルに沸いている。
早くも読書家たちが「期待通りの傑作」「今回ばかりは駄作」などと作品をめぐる論争を繰り広げる一方、欧米のファンからは「早く議論に混ざりたい」と、翻訳版の出版が待たれている。新作の評価で世界中がざわつくのだから、さすがはノーベル文学賞の有力候補である「世界のハルキ」だ。
そんななか、世界で唯一、読む前からこの新作を絶賛している国がある。中国だ。
中国でも村上人気は非常に高いが、今回は発売前から違う意味で話題を呼んでいる。きっかけは中国のネット掲示板に上がった在日中国人のコメントである。
〈村上春樹の新刊に、南京大虐殺についての描写があった〉
こうして、該当箇所のページの写真が挙げられ、解説が行なわれた。すると、〈うん、素晴らしいね~〉〈村上春樹は問題ない〉〈問題ない。さすがは村上春樹だ〉〈一生ついて行きます〉といったコメントが殺到したのだ。
作品の中で登場人物が、突然、「いわゆる南京虐殺事件」について語り出す場面がある。
〈細部については歴史学者のあいだにも異論がありますが、とにかくおびただしい数の市民が戦闘の巻き添えになって殺されたことは、打ち消しがたい事実です。中国人死者の数を四十万人というものもいれば、十万人というものもいます。しかし四十万人と十万人の違いはいったいどこにあるのでしょう?〉
日中戦争で起きた南京事件をめぐっては、殺された人数や虐殺の有無について、これまで日中間で歴史論争が繰り広げられてきた。そんななか、日本を代表する作家の村上氏が中国のなかでも最大に見積もられた「40万人説」に言及したことから、中国のネット民が小躍りしたというわけなのだ。
それにしても、読む前から一部を切り取って評価を決めつけるとは、日本側の意見を聞かずに40万人説を押しつけるのと全く同じではないか。やれやれ。
※週刊ポスト2017年3月17日号