「がん」といえば、放置していると大きくなり、他の臓器や骨に転移して、最終的に命を奪う病気だと考えられている。確かにその通りなのだが、実は検診で見つかる「早期がん」の中には、放置してもあまり進行しないものや、いつの間にか消えてしまうものも少なくない。
それが最も多いと考えられているのが、「前立腺がん」だ。このがんはゆっくり進行するタイプが多いため、検診で早期がんが見つかったとしても、それで命を落とす人はほとんどいない。
実際に、他の病気で死亡した高齢者を解剖すると、約2割の人に前立腺がんが見つかると言われている。「がん患者」になっていたことを、死ぬまで気づかないケースも多いのだ。
がん検診を受けると、このような「命を奪わないがん」をたくさん見つけてしまうことになる。実際に前立腺がんでは、「PSA(前立腺特異抗原)」という血液を調べる検診が普及した2000年頃から、新規患者が激増した。
京都大学医学博士の木川芳春氏は、このような命を奪わない病変を「ニセがん」と呼ぶ。
「新規患者がうなぎ上りに増えているのに、死亡者の数が横ばいなのは、命を奪わない『がんに似た病変』をたくさん見つける『過剰診断』が多いことを意味しています。
日本では検診によって『ニセがん』をたくさん見つけることで、新規患者の水増しが行なわれているのです。私は、前立腺がんの半分以上は『ニセがん』だと考えています。この傾向は、乳がんでも顕著です」
木川氏によると、米国では国立がん研究所(NCI)が、このようながんに似た病変を「本物のがん」と区別するために、「上皮から発生する緩慢な病変」という専門用語の頭文字をとって、「IDLE(アイドル)」と呼ぶべきだと提唱しているという。
木川氏は昨年『がんの半分はニセがん(IDLE)。だから医師の私はがん治療は受けない』(主婦の友インフォス刊)を出版し、その概念を日本で紹介している。
「米国では2015年にテレビ局のCNNがIDLEを取り上げるなど、過剰診断について大々的に報じられています。NCIのがん情報部門(SEER)のホームページには、がん全体の罹患率と死亡率を並べたグラフが掲載されています。このような啓発が進んだ結果、前立腺がんをはじめ多くのがんで、水増しの新規患者が減ってきました。
ところが日本では、国立がん研究センターが運営するサイト『がん情報サービス』の奥深くを探さなければ、罹患率と死亡率を並べたグラフにたどりつけません。まるで不都合な真実を国民の目からそらすために、情報隠しが行なわれているかのようです」(木川氏)
●鳥集徹(ジャーナリスト)と本誌取材班
※週刊ポスト2017年3月17日号