田園調布の高台にある多摩川台駐在所(津田巡査部長)
郊外や過疎地域、過疎地域、山間部や離島などに置かれることが多かった警察の駐在所。交番と同じ機能を持ち、警察官が勤務して、警察官とその家族が住む官舎も兼ねるものだが、1990年代後半から都市部でも設けられるケースが増えている。たとえば、東京・田園調布にも駐在所がある。
「この住宅街には、私のような何でも屋気質が合うのかもしれません」
そう言って笑うのは津田行輝巡査部長(36)。警視庁・田園調布署多摩川台駐在所に勤務して7年近くになる。管轄区域は全国有数の高級住宅街だ。
仕事の中心は、登校する子供の安全を見守る学童整理、区域内のパトロール、住民を訪問する巡回連絡、在所勤務など。
治安が良く、大きな事件は滅多に起こらない。たまにある「蛇を捕まえて」「迷子の犬の飼い主を捜してほしい」といった要望に応えるのも厭わない。休日に出動することもあるが、「仕事だから」と自分を納得させ、駐在所に隣接する一戸建ての官舎を出る。
「嫁もよく働いていますよ。駐在所の前を掃除し、前を通る人に挨拶し、電話や来訪者に応対し、地域の手伝いもしていますから。愛想が良く、私より地域に溶け込んでいるかもしれません」
津田巡査部長は、実は異色のキャリアの持ち主だ。27歳で警察官になる前、“売れない役者”をやっていたという。
大学在学中演劇に熱中し、卒業後は文学座の研究生に。だが、座員に昇格できず、フリーの俳優として小劇場の舞台に立っていた。
その経験が今になって生きている。警察署だけでなく、消防署や老人福祉施設などから依頼され、犯罪、火災、事故などの防止を訴える寸劇をやり、好評なのだ。
「自分らしい仕事ができるのが駐在所勤務の魅力です。『津田さんにだけは話す』と言ってくださる住民もいますし、悪ガキだった若者が『真面目に働きます』と挨拶に来たこともありました」
誰の懐にも飛び込んでいける人懐っこさ。その人間性によって地域に受け入れられているようだ。
「家族で住んでいるので、人一倍強く街の平和を願っています」
休日に地域を離れるときは“何も起こりませんように”と祈る。
●撮影・太田真三
※週刊ポスト2017年3月17日号