【書評】『Moving Plants』/渡邊耕一・著/青幻社/3800円+税
【評者】与那原恵(ノンフィクションライター)
「イタドリ」という植物がある。ハート型の葉で、白い花を咲かせ、高さ一~二メートルに成長する。日本のいたるところでごく普通に見られる雑草は、食用、薬用としても利用されてきた。「スカンポ」などとも呼ばれ、この植物をあらわす方言は六〇〇種に及ぶという。イタドリはアジア原産で、紀元前中国の辞書に「虎杖」の名で記載され、日本では『日本書紀』以来、多くの書物に記述されている。
十九世紀、イタドリは欧米諸国に渡った。この移動する植物(Moving Plants)は、各地で大繁殖する。急速に成長するため、在来種の生育を妨げ、生態系を破壊する厄介ものとなった。
〈イタドリは異国の風景の中でどんな表情をしているのか? イタドリがヨーロッパに辿り着いたのはいつなのか? どうやって大海原を超えたのか?〉
写真家の著者は、イタドリが旅した足跡を辿る旅に出た。イギリス、ポーランド、オランダ、アメリカ……。それぞれの国で、たくましい表情を見せるイタドリと、それを取り巻く風景を写す。その写真の魅力とともに、著者の学究的調査には圧倒されるばかりだ。
イタドリの旅は、長崎から始まっていた。一八二三年、オランダ政府の依嘱を受けたシーボルトは、出島のオランダ商館付医師に着任する。当時のオランダは日本の物産貿易や有用植物の移植による経済的利益を得て、植民地経営を立て直さなければならず、シーボルトは日本での自然誌的研究の任を担っていたのである。彼は生きた日本の植物を大量にヨーロッパに運んだ最初の人物となった。
当初、イギリスでは観賞用として高い値段で取引され、珍重もされた。だが、新しい環境で生き延びたイタドリは巨大化し、今や積極的な駆除の対象である。
著者が〈資本主義的なものに内在する症状が現れた身体なのである〉というように、この植物が背負わされた数奇な運命には、拡張する植民地主義、さらにいえば人間の欲望の歴史そのものが宿っていたのだ。
※週刊ポスト2017年3月17日号