金正男殺害事件から約1か月が経った。マレーシア捜査当局は、実行犯とされる2人の女のほか、北朝鮮国籍の男を逮捕したが、すぐに釈放され、事件の全容は全く解明されていない。
いったい誰が女たちに指示したのか。なぜ犯行は空港という衆人環視の中で行なわれたのか。そしてなぜ、今だったのか──。
さまざまな憶測が飛び交うなか、驚くべき仮説が飛び出した。そもそも事件を指示したのは、金正恩ではないかもしれないというのだ。軍事ジャーナリスト・古是三春氏が説く。
「金正恩にとって、犯行の映像が世界中で繰り返し放送されることで、異母兄を殺した無慈悲な男というイメージが広がることは望むべきことでしょうか。
一方で、この暗殺で“一番得をした”のが米国です。北朝鮮と国交のあるマレーシアが今回の件で出国禁止措置を取ったように、北朝鮮は国際社会の信用を失っている。米国が強化しようとする北朝鮮への制裁に同調が得られやすくなっています」
米国にとってはタイミングも絶妙だった。今年1月31日、米上院外交委員会は北朝鮮の核開発に関する公聴会を開催。公聴会では、「なぜ米国はこれまで発射された北朝鮮のミサイルを撃ち墜とさなかったのか」といった過激な意見が飛び交い、共和党のボブ・コーカー委員長も「北朝鮮の核開発は米国が直面するもっとも大きな脅威だ」と断言した。コーカー氏は共和党内でいち早くトランプ支持を打ち出した人物で、そのトランプ氏は大統領就任前から、北朝鮮への脅威を訴えてきた。
「金正男の暗殺が、この公聴会からわずか2週間後です。さらに米国が、金正男の存在自体を危険視していた可能性が高い。金正男は北朝鮮製の武器や偽ドル札の密売への関与が指摘されており、これらは米国がもっとも過敏に取り締まってきた犯罪行為です。金正男の死は、結果といいタイミングといい、米国の国益にあまりにも適っている。
殺害には猛毒のVXガスが使用されたと言われていますが、いくら北朝鮮の工作員であっても、VXガスの調達や持ち込み、それを使用した犯行は容易ではないはず。一流の諜報機関、CIAのような組織の関与でなければ難しいのではないか。実際に、各国の軍事専門家の間では、CIAの関与を疑う声が上がっています」(同前)
CIAはこれまでさまざまな謀略事件への関与が取り沙汰され、韓国・朴正煕大統領が暗殺された際にも、実行犯が韓国版CIAの部長であり、米CIAとも関係が深かったことから物議を呼んだ。もちろん、CIAの存在が「陰謀論」に利用されやすいのもまた、事実ではある。
真相が解明されない限り、まだまだ新たな仮説が出てきそうだ。
※週刊ポスト2017年3月24・31日号