【書評】『無冠の男 松方弘樹伝』/松方弘樹&伊藤彰彦・著/講談社/1800円+税
【評者】坪内祐三(評論家)
三年前に刊行された『映画の奈落 北陸代理戦争事件』の著者伊藤彰彦が凄いインタビュー集を出した。『無冠の男 松方弘樹伝』だ。
先日亡くなった松方弘樹に対して人は“あるイメージ”を持っている。つまり今時の大半の人は松方弘樹の映画を見ていない。私自身は松方の映画をかなり見ている方だが、映画人としての松方をうまく説明出来ない。代表作は何か、と問われても、すぐに答えられない(『仁義なき戦い』と答える人もいるかもしれないがあれは群像劇で松方はそのワン・オブ・ゼムで私はむしろ千葉真一の方が印象的)。
それがこのインタビュー集によって映画人松方弘樹の姿がよくわかった。つまり松方は、「遅れてきた最後の映画スター」だったのだ。つまり、「それぞれのジャンルの全盛に間に合わず、ジャンルの終焉を見届けざるをえなかった」。
その「ジャンル」というのは、現代劇、時代劇、任侠映画、実録物、大作映画、そしてVシネだ(松方が名実共に「Vシネマの帝王」だったことを私はこの本で初めて知った)。
それから、「松方弘樹は、世間的には、何不自由なく育ち、二世俳優として父親と同じ職業に就き、数々の女性と浮き名を流した、お気楽な藝能人のイメージがある」けれど、実は違う。若き日、時代劇でコンビを組まされた北大路欣也が市川右太衛門の息子であるように松方も近衛十四郎の息子だった。つまり二世俳優だった。
しかし実は格が全然違った。市川右太衛門が戦前戦後を通して大スターだったのに対して、近衛十四郎は戦前に主演俳優でありながら、所属していたのは「下級労働者と小学生」しか見ない大都映画で、しかもこの会社が戦争中に消滅したのちは、ドサ廻り劇団の座長に転じる(松方が生まれたのはその頃で出生地は北区滝野川)。そしてスキャンダルのたびに松方は仕事を失う。彼は苦労人だった。
常に「遅れて」来た松方はこのインタビューには間に合った(最後のインタビューが終わった二か月後、松方は病に倒れる)。日本映画史的にも非常に貴重な本だ。
※週刊ポスト2017年3月24・31日号