春風亭一之輔(39)が21人もの先輩二ツ目を抜いて真打ちに昇進したのは、2012年、34歳のときだった。落語協会の柳家小三治会長は「久々の本物だと思った。芸に卑屈なところがない。しかも人をのんでかかっている」と太鼓判を押した。「天与の才」だとも評した。一之輔は、こう振り返る。
「嬉しくはあったけど、これから疎まれたり、妬まれたり、どういう目に遭うかわからないし、断わるという選択肢もあると思ったんです。でも、僕には負けず嫌いなところもあって、囃されたら踊れ、と受けさせていただいた」
それから5年。いまや落語会や寄席で高座に上る回数は、年850回を数える。よどみなく繰り出される言葉は歯切れよくリズミカル、はさむギャグは冴え、ときに艶も漂う。それゆえか、客席には、20代から40代の女性も少なくない。新世代の匂いを放ちながら、古典落語の世界を見事に表現できる落語家なのである。
一之輔は、千葉県野田市のサラリーマン家庭に、女3人のあと、7年ぶりに生まれた長男だ。周りからひときわかわいがられた。
高校に進学した末っ子は、ラグビー部に入部。が、馬が合わず、1年ほどで退部してしまう。2年に上がる春の日の昼下がり、時間をもてあまして、ふと「浅草演芸ホール」の寄席へと足を運んだ。そこでは、春風亭柳昇の創作落語「カラオケ病院」などが演じられていた。
「高座には面白い人もつまらない人もいて、いずれも15分ほどで引っ込む。そのスタイルがすごく潔くて、格好いいな、と思ったんです。客席ではビールを飲んだり寝てたりする人もいてダラダラしたゆるさもよかった」
結局この日は夜の部まで寄席に居続け、演芸を堪能した。そこからは落語一筋だった。高校の校舎に空き部屋を見つけた一之輔は、落語研究部を立ちあげる。日大芸術学部を卒業すると、就職することなく春風亭一朝の門を叩き、弟子入りする。