木村友祐の小説『野良ビトたちの燃え上がる肖像』は、多摩川(小説のなかでは「弧間川」と架名)の河川敷に住むホームレスたちを描いた力作。はじめ、そこは社会からこぼれ落ちた人間たちが、互いに助け合い、それなりに落着いた隠れ里だった。
「柳さん」という主人公は、以前は鉄塔のペンキ塗りをしていた。家庭もあった。さまざまな事情から河川敷に流れ着いた。小屋を作り、アルミ缶の回収をしながら、自給自足の暮しをしている。野良猫を飼うなど余裕もある。大人のハックルベリイ・フィン。
この小説は、前半、ホームレスの日常の暮しを丹念に描いている。細部の充実が物語を豊かにしている。
河川敷にはホームレスたちの共同体が自然に生まれている。そこに、「木下」という若者や、暴力を振う夫から逃げてきた「三村」とその幼ない娘も加わる。かつて家庭を捨てた「柳さん」にとって、彼らは新しい家族のように思えてくる。
それなりに平和だった河川敷に異変が起こる。川べりの町に、高級マンションが建つようになり、その住人たちがホームレスを野良猫ならぬ「野良ビト」と呼び、排除する動きを始める。あちこちに監視カメラが付けられ、アルミ缶の回収がしにくくなる。自警団が作られる。
時代設定は現在より二年ほど先。管理社会が強まり、ついに河川敷は排除する勢力によって焼かれてゆく。すぐそこにある未来である。
最後、河川敷を追われた「柳さん」たち、新しい家族は、現実から夢の世界へと消えてゆく。どこかにまた隠れ里を求めて。戦後のイタリア映画の傑作、ヴィットリオ・デ・シーカ監督「ミラノの奇蹟」(1951年)の、町を追われた貧しい人々が空の彼方へと去っていった感動的なラストを思い出させる。
◆文・川本三郎
※SAPIO2017年5月号