東京・JR日暮里駅は、下町真っ只中にある。西口を出ればそこはもう谷根千(やねせん:谷中・根津・千駄木)と呼ばれ親しまれている、下町散歩の名物ゾーンだ。では、東口ものどかな風景が広がるのか…と思いきや、駅前には、下層に商業施設の入ったタワーマンションが、40階建てを筆頭に3棟もニョッキリと建ち、一昔前とは、その表情をがらりと変えているのだ。
今回訪ねた、角打ちで人気の『中村屋丸康(なかむらやまるやす)酒店』は、そのうちの1棟、高さ140m、36階建てビルの1階に暖簾をさげている。
「店は、戦後すぐにこの場所で創業し、私が3代目。父が急逝したため、27歳のときに跡を引き継いだのですが、当時は古い日本家屋でしたね。小さなカウンター越しにお客さんは外飲み。でも今はガラス張りの高層ビルの中で、のんびりと落ち着いて飲んでもらっています」(主人・中村康一さん・50歳)
昔を知る常連客たちは、「昭和の終わりから平成にかけての古い店もよかったよ。でも、同じ店とは思えないほど素敵になったこっちにすっかり馴染んじゃった。下町の摩天楼で角打ちなんて、贅沢な幸せ酒ですよ」と、誰もが満足げだ。
常連客の多くはサラリーマン。夕方5時を過ぎる頃には、西日暮里周辺の会社に勤めている人々の笑顔が集まり、7時以降になると、勤めを終えて都心から帰った地元の人々がスーツ姿のままうれしそうにやって来るとういう、来客時間帯には二つのピークがあるそうだ。
「マスターが揃える酒の顔ぶれ、質がいいんですよ。自分たち酒飲みを満足させてくれて、しかもどれも安い。だから他所へ帰っていく人も、ここへ帰って来た人もつい立ち寄ってしまうわけ。それだけじゃなく、そうやって集まってくる客は、なぜか酒飲みとしての品がいい連中ばかりでね。だからもうこれ以上のことは望みません。求めたらバチが当たります」(60代、広告代理店OB)