【著者に訊け】芦沢央氏/『貘の耳たぶ』/幻冬舎/1700円+税
最新作『貘の耳たぶ』は、同じ日に同じ産院で男の子を産んだ2人の母親―─子供をすり替えた〈石田繭子〉とすり替えられた〈平野郁絵〉の4年余りを追う。当初は「じつは犯人は実の母親だった」というところを後半で明かす構成のミステリーだったという。
「けれどあらすじを話した父から、母親が自分の子供を取り替えるなんてあり得ないと言われて動機について説明していくうちに、これを正面から書くべきじゃないかと思うようになりました。
そうしてまったく構成を変えて書き直しているうちに、繭子の子供のタグがたまたま外れ、それを郁絵の子供に付けてしまったこと自体はほとんど事故だったのではないか、と思うようになっていきました。むしろ罪を告白しようとしてはしそびれ、4歳まで〈航太〉を育ててしまった繭子の心理にミステリー性を感じるようになったんです」
デビュー作『罪の余白』を始め、イヤミス界の新星的扱いを受けることも多い芦沢央氏。だが、女子間の格付けや不条理にも怯まない書きっぷりはその実、世間の常識や欺瞞を疑い、人々が何に囚われているかを正視する真摯な視線を感じさせる。
「私自身、『自分のことが書いてある』と思える小説に何度も救われてきました。だからこそ、人間の弱さやずるさ、欲望というネガティブな側面を描くことから逃げたくないという思いがあります。ふとしたボタンの掛け違えで道を誤るのも人間なら、そこから生き直せる強さもあるのが人間だと信じてもいて、その両方を書いていきたいんです」