古い時代の雰囲気が残る東京・北千住の路地裏をカメラ片手に歩き回りながら、なぎら健壱(65)が言った。
「大学がいくつか移ってきて雰囲気が変わり、今じゃ『住みたい街ランキング』にランキングされてるけど、それでもまだこの街にはいかがわしく、猥雑な雰囲気が残っているよね。本来、そういう危険な臭いのするところが街というものの魅力なんですよ」
近年、昭和を感じさせる光景を集めた写真集や昭和についてのエッセーがブームだが、なぎらはその世界で筋金入りである。最初に昭和30年代の下町の少年とその遊びについて書いた本を出したのは、「昭和ブーム」が来るはるか前の1988年だ。以来、最新刊に至るまで何冊もの「昭和本」「下町本」を出している。
なぎらは東京都中央区の旧木挽町(歌舞伎座のあたり)に生まれ、小学3年生から葛飾区金町で育っている。
「都会の変化は目まぐるしくて、次に同じ場所に来たときには以前あった建物がなくなっている、ということがよくあるでしょう。一夜にして忽然と消えてしまったような錯覚に陥りますよ。目の当たりにすると、何かが終わっていく感じがして寂しいというかね。だから、そうした光景を記憶に留めるために写真や文章にしておこう、と。義務感でやってるわけでもないし、自分に課しているわけでもないんだけど」
これまたブームになっている「酒場本」をなぎらが最初に出したのは1983年。その頃は年間700軒飲み歩いていた。こちらも以来、何冊も著している。取り上げるのは、なぎら言うところの〈いまどきの流行の店でもなければ、カリスマシェフもいない、時代に逆行したマイノリティな店〉(著書『絶滅食堂で逢いましょう』より)ばかりである。