人の名前を覚えるのが苦手。権力にも世俗にも興味がないから、その場の空気も読めないし、読もうともしない。けれども、花に対する感受性の鋭さは比べるものもない──。映画『花戦さ』でそんな、“けったいな”僧侶、初代・池坊専好を演じた野村萬斎(51才)。
「きれいな花を見れば、身も心も吸い込まれていく。そして“ああ、きれいだ”と感情を露わにする。そうかと思えば放心状態で花を見続ける。純粋無垢な人物ですから、終始一貫テンション高く演じきった感がありました。正直なところ疲れましたね」(萬斎・以下同)
京都・頂法寺六角堂で朝夕仏壇に花を供える花僧で、立花の名手だった初代・池坊専好が、暴君となった豊臣秀吉(市川猿之助)に花で一世一代の大勝負に挑む姿を描く『花戦さ』。本作には、花をいけたという記録から、今年、発祥555年を迎える華道家元「池坊」の監修による、200瓶を超えるいけばなが登場している。
専好は戦国時代を生き、今日に伝わる華道の確立に寄与した実在の僧侶。実際に花をいけた記録も残されている。だが、その人物像はほとんど知られていない。役作りの苦労を聞くと、
「台本に“天真爛漫な少年のような目をしている人物”とあったので、そこを軸にしました。大人の妙な価値観にとらわれない、子供のような人なのだなと受け止めて」
楽しいときやおかしいときは顔いっぱいに笑い、悲しいときは涙あふれるままに泣く。花をいけるときは身も心もどこか遠い世界にワープしているかのような真剣さ。この天真爛漫さと花が好きという、ただそれだけの一途さで、豊臣秀吉という天下人にも真正面から戦いを挑んでいく。
時代劇の主人公といえば、表情を押し殺して寡黙に進む男たちがほとんどだが、萬斎演じる専好は、そのときどきの豊かな表情が、見る者のストレスを洗い流してくれるようだ。しかも全編になんともいえない温かさとユーモアが流れている。
◆うそをつけるのが時代劇の楽しさ
CGを使うこともなく、顔に寄って撮るアップが多かったので、表情のうそがつけないことなど、萬斎は撮影の裏話も気さくに語る。
「天才でないものが天才を演じる難しさを思いましたが、芸能の世界には天才がいますから、そういう人物を参考にしました」
と言うが、彼自身がまぎれもなく天才ではないだろうか。ただ、本業の狂言の舞台以外では、あまり天才の鬼気を見せない、サービス精神に富んだバランス感覚に優れた人、というだけで。
だからこそ、仕事のオファーは引きも切らない。本作品も2年前に出演依頼を受けたが、ようやくスケジュール調整ができた。そして、京都で撮影に集中したのはわずか1か月余りだった。