観客動員数100万人を突破した映画『帝一の國』。主演の菅田将暉(24才)をはじめ、竹内涼真(24才)、志尊淳(22才)ら、仮面ライダーや戦隊レンジャーが勢揃いしていることでも話題に。この“平成ヒーロー”ブームの礎を作ったのは、この男−−藤岡弘、(71才)が仮面ライダーになるまでの知られざる苦労を語った。
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東京都内の閑静な住宅地にある、藤岡の事務所。約束の時間に訪ねると、ロケ地から自分で運転して帰ってきたという藤岡とばったり。黒々としたウェーブヘアと、シュッとしたジーンズ姿は、’65年のデビュー当時から何ひとつ変わっていないように見える。
「ようこそ!」
武道家の彼らしく、きっちり頭を90度に下げる。しかしそんな藤岡の顔には犬の毛が…。
「わっはっはっは! すみません、犬(テレビの収録で出会った甲斐犬)を飼っているもんでねえ」
キリッとした表情から、犬の話で途端にデレデレ。和やかなムードの中、取材は始まった。
「仮面ライダーの初回放送(’71年4月3日)は、絶望的な状況で迎えましたね。大事故の後でしたから、病院のベッドで身動きもできず、医師からは俳優業への復帰はほぼ不可能だと言われていました。当時25才、念願のアクション作品に主演として取り組む喜びの矢先の出来事でした」
決して大げさな話ではない。映像に魅せられ愛媛から19才で上京した藤岡にとって、“俳優”こそすべてだったからだ。演劇学校に入るも、なまりを笑われ、劣等感の塊だった。食べることに必死で、バイトのかけもちのしすぎで睡眠不足となり、結局俳優学校は卒業できなかった。
「上京当初は野宿もしていたし、3日4日食べなくて空腹で倒れそうなこともよくありました。下宿先ではまわりが畑だったので、虫食いとか傷ものとか、捨ててある野菜くずを拾ってしのいでいて。でもそれだと体力が持たないんですよ。たまに魚屋さんで捨てる部分を譲ってもらったりしてね。