中国の「格差」はこんな事件のなかにも見てとれる。現地の情勢に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏がレポートする。
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習近平国家主席の下、中国では「トラ退治」が盛んであったが、全国のサファリパークでは虎に襲われる事故が相次いでいる。2016年7月には北京市郊外のサファリパークで、参観中に車から降りた女性客がトラに襲われ、女性を助けようとした母親が死亡する事故が起きている。
また2017年1月30日には中国浙江省寧波市の動物園で、入場料を払わずに壁を乗り越え園に侵入した湖北省出身40代の男性がトラに襲われて死亡する事故が起きている。
どちらも悲惨な事故だが、人々に強い疑問を残したのは後者の方であった。いったい何のために動物園の猛獣エリアに侵入するという自殺行為に及んだのか?
その答えはわずか130元(約2125円)の入場チケットをケチったからだというのだ。
被害者の男性は16年前から出稼ぎに来ていた低所得者と報じられているが、当日は妻と2人の子ども、知り合いの夫婦の計6人で来園していた。妻と子ども2人と知り合いの女性はチケットを購入して入ったが、男性と知り合いの男性は高さ3メートルほどの壁をよじ登って園内に侵入したが、そこがトラを飼育するスペースだったのである。
こんなことがなぜ起きるのか?
人々のこの疑問に答えたのが4月3日付の華商ネットの記事〈村人は60元を受け取り観光客に動物園の塀をこっそり乗り越えさせる 観光客は降りた瞬間、ライオンの叫び声を聞いた〉である。
観光客は、ライオンの声を聴いてすぐに逃げてため無事であったというが、この告発を受けて記者が現地をルポしたのが、同記事である。
取材して明らかになったのは、動物園の周辺では地元の農民たちが、入場券より安い料金で壁を乗り越えさせるという話を持ち掛けてくることだった。商談が成立すると4メートルほどの梯子を持った若者が駆けつけてくるのだという。
節約できるのはタイトルにあるようにわずか60元である。このほか、駐車料金が入るのだが、節約できるのはおよそ日本円にして1000円ほどどであろう。
所得の上がっている中国では、もはや多くの人はそんな危険を冒すことはないが、寧波の被害者のような出稼ぎ労働者にとって節約は魅力的だったのかもしれない。