人口減少と高齢化がすすむいま、どの業界も人手不足に悩まされている。そのため、従来は求人の対象外だった高齢者に、労働力としての期待が高まっている。ハンバーガーチェーン「モスバーガー」では高齢店員を積極的に採用して好評を得ており、焼肉チェーン「七輪焼肉 安安」は全国で大規模な高齢者採用を行うと発表した。チェーン店だけでなく、規模が小さい夜のお仕事でも高齢者の活躍が広がる様子を、ライターの森鷹久氏がリポートする。
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週末深夜の東京・錦糸町──
泥酔したサラリーマンの往来激しい路地裏に、紅葉マークをつけた一台の軽自動車が、ハザードランプをたいて停車している。10分後、その軽自動車に乗り込んだのは細身で茶髪の若い女性だった。車はゆっくりと路地を出て、家路を急ぐ乗用車やタクシーに追い越されながら総武線・亀戸駅前に到着。ここで黒髪の小柄な女性一人を下ろすと、車は首都高に入り、茶髪の女性を神奈川県川崎市まで送り届けた。時刻はすでに明け方4時。軽自動車を運転していたの男性は、御年71歳の片瀬さん(仮名)だ。
「5年ほど前に妻が倒れ寝たきりになり、手術や入院費用で貯金が無くなりました。65歳までタクシードライバーをやっていたんですが、年金も少なく働き口もない。スポーツ新聞で送迎の仕事を見つけ応募し、この会社にお世話になっています」(片瀬さん)
片瀬さんは、東京東部に拠点を置く風俗チェーン店から業務委託という形で、女性従業員の送迎を請け負っている。日曜の夜以外は、深夜の23時頃に自宅を出て、系列のキャバクラ店で働く女性を店から自宅まで送り届ける。深夜から明け方にかけては、おなじく系列の派遣型風俗店の女性を、客先やホテルまで送迎し、早朝には自宅まで送ることも少なくない。片瀬さんに送迎されたことのあるキャバクラ店勤務の女性は、片瀬さんについて「優しいおじいちゃん、嫌な客のこととか愚痴も聞いてくれる」と話す。
「時給は千二百円で、ガソリン代は領収書を持っていけば現金で支給してくださいます。車は持ち込みですが、乗り出し20万の安い中古車ですし、老夫婦二人がなんとか人様に迷惑をかけずにやっていいけるだけの収入にはなっています」(片瀬さん)
人手の足りない接客業の現場などで、リタイアした高齢者たちの「再登板」に期待を寄せる声が上がっているとも聞いていたが、まさか夜の世界でもリタイア高齢者たちが活躍しているとは驚きだ。東京・五反田のキャバクラ店でも、老人の活躍が店に活気を呼びこんでいるという。キャバクラ店の店長が説明する。
「数年前に洗い場のアルバイトさんとして雇った当時70歳の女性が、洗い場の仕事を完璧にこなすだけでなく、女の子たちの相談にも乗ってくれる”母”のような方でした。体調を崩されてお辞めになった時は、それこそ全員で悲しみました。その経験があり”洗い場には高齢の方が望ましい”となって、今働いてもらっている方も60代後半の女性です。深夜の立ち仕事で大変なはずですが、洗い場は女の子たちの溜まり場になっていて、店の活気が生み出されている気がします」
さらには店で働くボーイにも、高齢男性を迎え入れたという。
「ボーイの仕事は薄給激務で、若い男性は次々に辞めていきます。女の子たちとトラブルを起こすことも少なくありません。昨年末、ボーイの面接に来られたのは定年までホテルで配膳人を務めた男性で、人当たりも良く試しに採用したところ、女の子たちからも大好評。接客技術はやはり本物で、お客さんですら一目を置く存在に。普段はボーイに強く当たるお客さんから見ても、相手が高齢者であれば何も言えないし、接客技術のない若い女の子なんかは、お客さんから”お前よりじいさんと飲んでる方が楽しい”なんて言われていたり…(笑)。新人の女の子並みの時給をお支払いしています」
好景気で人手が足りず、若者たちが「職を選び出している」とも言える昨今。3K仕事や薄給激務の現場でも、文句を言うどころか、潤滑油となって周囲の士気を上げる高齢者がいるのだ。