川崎港の運河へとつながる水門(すいもん)通り商店街。その途中にある2階建てビルの1階が『小澤屋本店』だ。広い間口の正面中央に4台の自販機が並んでいるだけで、特に入口に仕切り戸はなく、表通りから昼も夜も明るい店内がよく見える。
店は昭和2年の創業で、角打ちも同時に始まった。昭和元年は12月25日からの1週間だけだから、実質的に、昭和の時代のすべてを、そして平成のここまでを角打ちとともに歩み続けている酒屋ということになる。
角打ちカウンターは店の左端。ここにも仕切り戸はないのだが、開けっぴろげな店全体の雰囲気を遮るように、藍染めの大きな暖簾がさがり、外からは奥がのぞけないようになっている。
3代目主人の小澤弘さん(58歳)が、「うちはね、昔(昭和)も今(平成)も常連さんのほとんどが京浜工業地帯で汗を流す職人さん。この暖簾はそんな常連さんたちのことを考えてさげているんです」と、昭和のまぶしさが染み込んでいるような味わいのあるその暖簾について語り始めた。
すると、「通い始めて15年だよ」、「自分は20年以上前から来てるなあ」と笑う常連さんたちが、話をひょいと引き取ってしまった。
「(川崎)駅前にある店だったりすると、サラリーマンの客が多いんで、みんな夕方以降に来るじゃない。だけど、私らは、まだ明るい時間から飲むことも多くてね。誰にはばかることはないんだけど、この暖簾は、飲んでる私らを通りから見えないようにしてくれるわけ。これ1枚あるだけで、のんびり飲めるんだよ。入口の扉の開け閉めがいらない分、出入りも気楽なんで、とてもありがたい。この店の気遣いが、安くてうまい酒と一緒に、じわーっと五臓六腑に沁みわたりますよ」(50代、精密機械洗浄)
「ここで顔なじみになった人ばかりで、仕事仲間とは来ないね。仕事を終わらせて、ここでみんなとお疲れさんの挨拶を交わす。1時間ぐらいいて、気持ちよくなって気兼ねなく帰る。囲い(戸)がないってのは、上下関係や縦横の変な縛りもないってことを言ってるんじゃないかと思うんだよ。だから、ここで飲む酒がうまいわけよ」(60代、土木関係)