顔はライオン、胴体は山羊、蛇の尻尾──ギリシャ神話に登場する空想の幻獣キメラ。その恐ろしい姿とは真逆で、「キメラ」の名前を冠した治療法ががん患者の“救世主”になりそうだ。
その名も「キメラ抗原受容体T細胞療法」(通称、CAR-T療法 ※)。7月中旬、米国では年内にも実用化される見込みというニュースが世界中を駆け巡った。
(※)キメラ抗原受容体(CAR:Chimeric Antigen Receptor)
「日本でも治験は進められているので、そろそろ実用化の申請がされるはずです。早ければ来年にも、一般のがん患者でも使えるようになるでしょう」(全国紙科学部記者)
CAR-T療法はこれまでのがん治療の常識を覆す治療の成果を上げている。
たとえば、血液の中の白血球ががん化する「白血病」。1985年に夏目雅子さん(享年27)、2005年に本田美奈子.さん(享年38)の命を奪った難病だが、米ペンシルベニア大学の研究では、抗がん剤が効かず、治療の施しようがない白血病患者30人にCAR-T療法を施したところ、27人の血液がんが完全に消滅したという。
CAR-T療法の仕組みについて、医療経済ジャーナリストの室井一辰さんが解説する。
「もともと人の血液には、異物を攻撃するための『キラーT細胞』という免疫細胞があります。ウイルスに感染した細胞やがん細胞を攻撃する“兵隊”のような細胞です。
ところががん細胞は、もともと自分の細胞が変化したものなので、T細胞から異物だと認識されにくい。攻撃を免れたがん細胞が成長して手遅れになってしまうことがよくあります。そこで、T細胞の遺伝子に“高性能なアンテナ”の機能を持つ遺伝子(抗原)を加えて『キメラ抗原受容体T細胞』を作って培養し、それを体内に戻してがん細胞と闘わせる治療法です」
細胞の遺伝子を人工的に加えることから、“さまざまな動物が混ざった怪物”の『キメラ』という名前がつけられたというわけだ。