伊東孝紳前社長が掲げた年間600万台の早期達成という目標に象徴される“拡大路線”を突っ走った結果、開発や生産のミスによるリコールが激増、クルマのクオリティそのものも落としてしまったホンダ。
自分の身の丈を過大評価し、思いっきり背伸びをしたツケを山盛りで支払う結果となったが、そのホンダのクルマづくりにこのところ、微妙な変化が出てきている。
6月末、主力モデルのひとつであるサブコンパクトカー「FIT(フィット)」が大規模な改良を受けた。2002年に登場した初代から数えて3代目にあたる現行モデルがデビューしたのは2013年。独走的な新型のハイブリッドシステムを採用し、燃費性能と速さを両立させたことをうたって登場したものの、そのハイブリッドシステムが欠陥品で、実に5回ものリコール。ホンダの評判が地に落ちる先駆けとなったいわくつきのモデルだ。
運転支援システム「ホンダセンシング」の採用を前面に打ち出しているが、実際にテストドライブをしてみて驚いたのは、これがマイナーチェンジなのかと思わされるくらいの乗り心地、操縦性の劇的な改善ぶりだった。
テストドライブ車両はまだおろしたての新車。昔のクルマほどではないが、各部の固さは製造後、しばらく走って初めて滑らかになる。この段階では固さが残っているはずなのだが、それでもなお乗り心地は抜群に良かった。
東神奈川の工業地帯を走ってみる。大型トラックが多数通行するため舗装の傷みが激しく、踏み切りなどの段差も各所にある。そんな道を走っても、改良版フィットの足回りは路面からの衝撃をびっくりするほど滑らかに吸収した。高速道路では4輪がしっとりと路面に張り付き、サブコンパクトカーとしては世界の強豪と渡り合えるくらいの巡航フィールの良さだった。
筆者は昨年、改良前のフィットハイブリッドで東京~鹿児島を3700kmほどツーリングした。高速から路面の悪い山岳路までさまざまな道路を走ったが、ゴトゴト感、引っかかり感が顕著で、快適性の面では並以下というのが率直な感想だった。そのフィットを、基本部分を変えず、ボディ各部を補強したりサスペンションの設定を変えたりしただけで、これだけ良いものにできたことは、ホンダのクルマづくりに関する知見がまだ生きていたことの証と言えよう。
乗り心地だけではない。操縦性も改良前とはまったく違う、ナチュラルなものになった。
テストドライブの途中、横浜・大黒ふ頭のパーキングエリアから首都高速の本線に戻る道を通った。そこは円を描くような緩やかなカーブが長く続く線形である。カーブを曲がるときの操縦感覚の良し悪しを大きく左右する要素のひとつに、車体がいかにいい姿勢で傾くかということがある。
改良版フィットは長いカーブを加速しながら通過するときでもコーナー外側の前サスペンションとその反対側の後ろのサスペンションを結ぶ対角線を軸に綺麗にロールするため、前輪が浮き上がり気味にならず、走りは大変に安定していた。この点も改良前のフィットとは雲泥の差。そればかりか、走りを売りにするライバルモデルも顔色を失うのではないかと思えるくらいの水準だった。
このように、拡大路線を走っていたときのホンダの雑なクルマづくりとは見違えるような仕上がりになった改良版フィット。最初からこのくらい作り込んで出せば、安かろう悪かろうというイメージが染み付かずにすんだのにと、惜しく思われるくらいだった。