中国に関していえば、「爆買い」が取り沙汰される以前はたびたび「反日」がニュースになっていた。経済の発展、時間の経過とともに、中国の社会もまた様変わりしつつあるようだ。現地の情勢に詳しい拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏がレポートする。
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9月1日、中国政府が企業の設立時に登記する名称について、禁止事項などを定めた新ルールを公表したことが日本で大きなニュースとなった。問題は中国が問題視する名前の中に「大和」や「大東亜」、「支那」といった言葉を挙げたことだ。中国側の説明によれば、いずれの言葉も先の戦争を想起させるということで、これが新ルールの「国や公共の利益を損なう文字を含む企業名」に相当するというのだ。
戦争を想起させる言葉として「大東亜」は理解できるし、「支那」を差別語とすることも解る。だが、「大和」は日本人の名前に普通にあるのだから、規制する側のリサーチ不足が指摘されよう。
それにしても中国の「反日」的パフォーマンスは相変わらずなんだなと、とため息が漏れそうになるのだが、これはちょっと違っている。
何が違うのか。明らかなのは民間の反応である。中国共産党の立場からすれば、反日は「自らが政権を担当する正当性」にも直結する話であり、妥協の余地はない。だが、中国の人々はそうではない。そして変化はここに明白に表れている。
「それは日本を訪れ、実際に自分の目で中国を見た人が増えたことが大きい」
と語るのは北京のメディア関係者だ。
「自分の目で見た日本は『人々が親切で差別もされない。また街は清潔で快適だった』と旅行者が帰国後に口コミやSNSで広めたのが大きい。さらに中国人が自国の経済力を実感する場面が増え、相対的に日本への興味も落ちたこともある。いずれにしても、いまではもうかつての反日感情はありません」
それを象徴する事件が起きたのが8月23日のことだ。上海市の抗日記念館として有名な四行倉庫の前で3人の中国の若者が、わざわざ日本の軍服を着て写真を撮り、それを自慢げにSNSにアップしたのである。
もちろん本人たちはシャレのつもりなのだろうが、それにしたって日本の軍服を身につけるというのは、数年前であれば自殺行為であり、発想するにしても強い嫌悪感を拭えなかったに違いないのだ。
時代は変わったというほかない。
昨年11月には瀋陽市のショッピングモールでナチス・ドイツの独裁者ヒトラーを思わせる口ひげを生やした安倍晋三首相のろう人形が展示されたことがあったが、このときはネット上で「恥ずかしい」「中国人はこんなことに心の安らぎを求めていない」と批判が噴出。主催者が慌てて撤去するという事件も起きている。
そういう意味では今回の新ルールも反日の再現にはつながらないのだろう。
それにしても1990年代には日本の「野尻眼鏡工業」が、「野尻」などという卑猥な名前はもんだいだとして社名変更を求められたことがあったとされたが、名前は中国でなかなか敏感のようだ。