明治維新から150年。いまなお西郷隆盛の精神は日本人の魂を魅了し続けている。その根源には何があるのか、文芸評論家の富岡幸一郎氏が解説する。
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西郷の精神を語るうえで忘れてはならないのが、敗北が見えていたにもかかわらず、西南戦争を起こしたことだ。
当初、船で海路から長崎を制圧した後、大阪、東京を急襲するという計画をはじめ、さまざまな案があったが、実際には熊本鎮台へ兵を向けた。戦略とはいえない、甚だ単純なものであった。西郷自身が私学校党の力を信じたところはあったにせよ、やはり無謀な戦いだった。文学評論家の江藤淳は、『南洲残影』で西南戦争とは何であったのかを問うている。
〈官軍側の戦備と軍資は圧倒的であり、最初から薩軍に歯の立つ余地はまったくなかった。西郷は、その事実に思いを致さなかったのか、いや、思いを致しはしたが、にもかかわらず立たなければならぬと思ったのか〉(『南洲残影』)
そして江藤が敗戦直後に見た光景に思いを致す。相模湾を埋め尽くす米軍の巨大な艦隊を目にした当時を振り返り、こう続ける。
〈あれだけ沈めたはずなのに、まだこんなに多くの軍艦が残っていたのかという思いと、これだけの力を相手にして、今まで日本は戦って来たのかという思いが交錯して、しばしは頭が茫然とした。しかし、だから戦わなければよかったという想いはなかった。こうなることは、最初からわかっていた、だからこそ一所懸命に戦って来たのだと、そのとき小学校六年生の私は思っていた〉(前掲書)