JR鶴見線には「高架下が廃墟ムード」、「ホームが海の上のよう」といわれる駅があったりする。しかも鶴見駅を除いて、すべてが駅員のいない無人駅であることなどから、全国的に鉄道ファンの人気が高い。
と聞くと、乗降客が少ないのかと思ってしまうが、鶴見線沿いには工場や事業所が多いため、朝夕の通勤時間帯は都心と変わらぬ満員電車状態を呈するのだ。
と同時に、この電車を利用するそんな人々に人気の角打ちの名店が、この沿線にはいくつかある。鶴見駅から二つ目の鶴見小野駅の目の前にある『伊勢屋酒店』もその一つ。「『無人駅なのに酒が飲める待合室があるんだね』なんて、冗談を言って、喜んでくれるお客さんもいます」と、2代目主人の服部宏昭さん(46歳)が言うように、常連客はだれもが“駅前”というより“駅ナカ”の気分でいる。
改札口前に立つ2本の桜の老木越しに、18年前に先代が改装したという、酒屋とは思えぬ、一見高原ロッジ風の屋根看板が迫る。だがその店内は、立派な酒屋で、右半分が40人は楽に飲める角打ちスペースになっている。
もし、ドローンで真上から覗いたら、まるで迷路型配置がされたように見えるだろうカウンターが、縦横斜めに勝手気ままに並んでいるだけ。壁には神棚が祀られ、つまみの乾き物が商品棚に並ぶ。
そんな、パッと見は素っ気ない店に、夕方になると沿線の工場などから仕事を終えた男たちが、鶴見駅まで行かずにわざわざ途中下車し、緊張を解いた優しい顔で集まってくるのだ。v
この店の客は、どうやらみんな、鉄道ファンではなく、角打ちファンのようだ。
「角打ちは10分くらいでさっと帰るのが粋なんだってことはよく知っています。でも、来たときは、いつも2時間以上いますね。だって、落ち着けちゃって、帰る気がしないんだもの。“粋”を気にしていたら、“息”が抜けないですから(笑い)」(50代、製造業)
先代が元気だった頃からの15年来の馴染みです。今の2代目はその当時は目立たなくてね。この先大丈夫かと心配してたんですよ。それがどうです。愛想はいいし、気配りは細やかだし。客としては、うれしくてたまんないです」(60代、建設業)