今年3月、法務省が発表した日本における不法残留者数は、6万5270人。前年より2452人、3.9%増加し、3年連続の増加を記録した。国籍別に見ると、最も多いのは8846人の中国だが、増加率をみるとベトナム(+34.9%)、台湾(+9.7%)、タイ(+9.2%)の伸びが目立つ。8月末に大きく報じられた逃走事件も、ベトナム人男性によるものだった。ライターの森鷹久氏が、日本に築かれつつあるベトナム人コミュニティと接触し、今回の逃走事件が大きく報じられた理由と、外国人労働者に対するダブルスタンダードな日本の現実に向き合った。
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「群馬県大泉町で、手錠をつけたベトナム人が逃走中」
この衝撃的なニュース速報が流れたのは、8月31日のことだった。
テレビ局も新聞社も大騒ぎで、元々ブラジル系移民の多かった大泉町や近隣自治体でも緊急放送が流れるなど、物々しい雰囲気に包まれた。逃走中の容疑者は翌日、隣の埼玉県熊谷市内で発見され、あっけなく逮捕されることになるのだが、容疑者の逃亡を手助けしているという仲間に、一部メディアが接触するなどして、現場は大混乱したという。地元紙記者が、その混乱について説明する。
「一部メディアが、手錠をつけた容疑者の写真を入手し放送するというスクープを出した。それで各社は、所轄の副署長に情報をくれと詰め寄り大混乱でしたが……。警察が発表するのでネタを追いかけましたが、担当記者の誰もが、そもそも容疑者ってそんなに悪いやつなのか? そんなに大騒ぎすることなのか? と冷めた目でこの事件をみていたのも事実。不法滞在と公妨(公務執行妨害)でしょ?って」
“彼は不法滞在のために逃走した”と一部メディアに語った容疑者の知人らは、この数年で群馬・大泉町周辺に移り住んでいるベトナム人グループだ。隣の群馬・太田市にあった大規模工場の労働者として、ブラジル系移民が増えだしたのは十数年前。ベトナム系はこの数年で一気に増えた。
「県警は、容疑者がブラジル系ではなくベトナム人だったことに危機感を抱いていたようです。ブラジル系であれば、コミュニティ情報やそれぞれのボスの存在も把握しているし、捜査もしやすくスペイン語を喋れる捜査員もいる。ベトナム系が増えていることは承知をしていたようですが、何の対策も立てていない。青天の霹靂だったんでしょう」(前出記者)
これが”たかだか不法滞在”の容疑者逃走事件の裏側であるが、容疑者を知る埼玉県北部に居住するベトナム人男性・N氏は、日本当局への不満をぶちまける。
「彼(容疑者)はそんなに悪いやつではない。ビザや難民の申請もしていたのに、日本が厳しすぎて通らないから、彼はやむなく不法滞在者となった。真面目に働いて国に送金することが彼の目的だった。他の国であれば、彼は犯罪者になることはなかった」
そう語るN氏は、ベトナムの大学在学中に日本の国立大学に留学。卒業後は埼玉県内の企業で研究員として働いている。
35年前、ベトナム戦争時のインドシナ難民ならともかく、21世紀のいまはベトナムから難民などありえないと思われるかもしれない。しかし、ベトナムにおいてキリスト教徒や少数民族への迫害は現在も続いており、難民申請するベトナム国籍の者がいても不思議はない。ところが、日本は難民認定に対して厳しく、世界中で追い詰められていると報じられているクルド難民に対しても、なかなか難民と認めない。
自身は在留資格を持つ、前出のベトナム人のN氏が感じるのは、日本政府が外国人に対して厳しすぎること、そして日本企業が外国人を搾取の対象としか見ていない、ということだ。
「会社では日本人と同じように働いているが、日本人より給与が少ない。”物価の安いベトナムに比べれば天国だろう”なんて言ってくる人もいる。それじゃ奴隷です。私は勉強も頑張って、日本語資格も取ったし英語もネイティブ並みに話せる。そこまでしないと、ベトナム人を”人間”として信用してくれない」