将棋の対局は長時間頭脳を酷使する“肉体労働”だ。エネルギーを補給する食事は、棋士にとって「重要な勝負の一要素」と言える。大食漢として知られる加藤一二三九段に、将棋における食事学を聞いた。
「今の若手棋士は“対局をすると体重が2~3キロ減る”というのですが、私は減ったことがない(笑い)。また、対局中は食欲が湧かないし、食べると脳の働きが落ちるなんて言う人もいますが、私は逆に空腹でイライラして短気になることのほうが、勝負に対するマイナスが大きいという考えです。だからもう40年近く、昼も夜も鰻重をしっかり食べています。もちろん、その後の対局中に眠くなったりしたことは一度もありません」
加藤九段が鰻重を食べ続けている話はつとに高名だ。他にもおやつに「板チョコを8枚平らげた」というエピソードもよく知られている。チョコレートは瞬間的に血糖値を上げて、心身の活力を向上させる効果があるとされるが、加藤九段はこれを知った上で摂取しているのだろうか?
「いえ、知りません。私が対局中にとる行動や癖はですね、すべて理屈ではなく、自然とそうしてしまっているのです。チョコが好きで、たまたま食べ続けているだけ。でももしかしたら無意識の部分で、チョコを食べると調子がいいなどと思っていた可能性はあります。
そうそう、おやつと言えばですね、藤井聡太四段のプロデビュー戦の相手が私だったのですが、私がおやつでカマンベールチーズを食べ始めたら、それからしばらくして彼がチョコを食べ始めました。それを見て私は“僕が食べるのを待って、それから自分も食べ始めた。長幼の序をわきまえた、素晴らしい若者だ”と感服したものです」