2017年3月、文部科学省が「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」を策定した。これは、2013年に「いじめ防止対策推進法」が施行されたにもかかわらず、自殺のような「重大事態」が減らないことを国が憂慮したことがきっかけだ。しかし、取手市、仙台市のいじめ事件等、いじめを苦に自死を選ぶ子どもは後を絶たない。さらに大人社会においてもいじめの事件は多い。『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)の著者で脳科学者の中野信子氏は、「いじめはヒトという種の脳にプログラミングされた機能であり、なくすことは困難である」と語る。いじめのメカニズム、そしてその回避策を脳科学の観点から聞いた。
──脳科学の観点から分析すると、なぜ「いじめ」はなくならないのでしょうか?
中野:いじめは子どもだけでなく、大人の世界でも、時代や国を問わず存在します。近年進められている研究によってわかってきたことは、いじめという行為は人間が進化の過程で身につけた「機能」なのではないかということです。
人間の肉体は、他の動物と比べ、非常に脆弱です。戦闘的に不利な肉体を持つヒトという種が生き残るための武器として使っていたものは何か、それが「高度な社会脳」を持ち、「集団をつくること」です。つまり、集団で協力行動を推進する機能という形で、社会脳が発達してきたということが示唆されるのです。そして、集団を維持しようという機能が高まることで、集団の邪魔になりそうな人がいた場合、その人に制裁行動を加えて排除しようとする機能も脳に備え付けられたと推測されるのです。
──いじめや制裁行動は、集団を維持し、ヒトという種を残すために脳に組み込まれた機能の一つということですか?
中野:排除行為を行うためには、労力がかかり、リベンジされる危険もあります。本来ならば、極めて非合理的な行動です。さらに、いじめはよくないことだと理性的には理解しているはずです。しかし、そのリスクに対する恐怖や理性的なブレーキを上回るほど、誰かを攻撃することによる「快感」を感じるように、脳はプログラムされているのです。実際に、制裁行動が発動する時の脳では、「ドーパミン」が放出され、喜びを感じることがわかっています。これは、制裁行動に快感を与えなければならないほど、人間という種が生き延びるためにも根本的には重要な行動だったということが言えます。
──いじめが起きやすい集団の特徴はありますか?
中野:心理学者の澤田匡人先生の調査によると、「規範意識が高い集団ほどいじめが起きやすい」ということがわかっています。その理由として、脳科学的には、「脳内ホルモン」の影響が考えられます。
誰かと長時間同じ空間に一緒にいることで、「仲間意識」をつくる「オキシトシン」という脳内ホルモンが分泌されます。オキシトシンは愛情ホルモンとも呼ばれ、愛情が親近感を感じさせるホルモンです。しかしこのオキシトシンが高まりすぎることで、仲間を守ろうという意識が高まり、「邪魔者」を検出し、排除しようという意識も同時に高まってしまうということがわかっています。
こうした側面から考えると、学級のあり方についても議論が必要になるでしょう。学級という狭い空間の中で、「みんな仲よく」「団結しよう」と求めることが、いじめが起きやすい環境につながるということも認識しておくべきだと思います。