日本に現存する最古の医学書とされている『医心方』。この6月に、その概要書ともいえる「『医心方』事始」(藤原書店刊)が発売され、にわかに注目が集まっている。
平安時代の宮中医官・丹波康頼が編纂し、984年に時の朝廷に献上したもの。内容は、中国を中心としたアジア各国の200以上の医学や養生、鍼灸、陰陽道、占相、哲学などの文献からエッセンスを抜き出してまとめたものだ。
全30集に及ぶ膨大な巻物には、医学概論や体のあらゆる部位の治療法、薬物の種類や扱い方だけでなく、占いやセックスの方法まで当時は“医学”と考えられていた分野に関するあらゆる項目が並ぶ。そのなかには、“鯉”に関するこんな記述もあった──。
高齢化が進む現代日本では、白内障の患者数は1000万人以上いるといわれている。年齢を重ねるにつれて目の疾患にかかる人は増えていく。
《冷水で目を洗うと、目の熱気を奪うので、早く視力が衰える》(『医心方』・筑摩書房刊より引用。巻五第十三章より)
現代人と同じように、古代の人たちも目の悩みに晒されていたのだろう。
《鯉胆の一尾分から汁を採り、それを綿に含ませて目を拭う》(同)
鯉の胆のうから作った汁を、まるで目薬のように使用するのは、《老人になったように目が茫々とかすんだ場合の処方》(同)とある。
鯉は耳の疾患にも効果があるとされており、次のように綴られている。
《鯉の脳だけを竹筒に入れ、その上を塞ぎ、蒸して溶かし、冷やしてから耳に注入すればすぐに癒る》(巻五第二章)
鯉の脳と聞くと顔をしかめてしまいたくなるが、実はこれ、現代医学の観点からも決して間違った治療法とはいい切れない。川越耳科学クリニックの坂田英明院長が解説する。