【書評】『西郷隆盛 人を相手にせず、天を相手にせよ』/家近良樹・著/ミネルヴァ書房/4000円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
来年の大河ドラマ「西郷どん」開始を控え、書店には西郷本と幕末維新本が溢れかえっている。その中で「定本」的な位置を占める新刊が出た。家近良樹の『西郷隆盛』である。
「ミネルヴァ日本評伝選」シリーズの一冊だが、六百頁近い特大巻で、本の姿は上野の西郷さん像のように丸々としている。ちょっと値は張るが、西郷の人生を捉えようとするなら、このくらいの分厚さは必要なのだ。下級士族から身を起こし、生死の間を往復し、成し遂げた維新の大きさと成し遂げられなかった「未完の道義国家」建設の大きさ。その五十年の振幅を過不足なく語ったのが本書である。
歴史家らしい抑制で、徹底して史料に基づこうとする著者の姿勢は一貫している。西郷の肉声は遺された膨大な書簡から聴き取り、伝説と事実の仕分けをしっかりとやり、「現存の史料からは解明しえないが」と留保をつけ、「さらに加筆すれば」と書いて自説を述べる。フェアプレイの歴史記述は、かえって読む方の想像力を刺激する。西郷の生涯を語るに欠かせない大久保利通、島津久光、徳川慶喜ら西郷と交錯した対立者の事績も周到に対照されている。
著者は西郷の中にあった自殺願望、計略の甘さ、体調不良といった負の側面と、それとは切っても切れない「自分の生命を投げ捨てることで、相手の虚をつき、問題を一気に解決するという手法」に注目する。