単独トップに立っていた豪栄道が十二日目松鳳山に敗れ二敗になったことにより、優勝戦線に浮上した四敗の十人の中に朝乃山が入っていた。上位との対戦ですさまじい躍進を見せた阿武咲(金星も獲得)に気を取られ、序盤ヌケヌケ(白星黒星が交互になる)だった朝乃山にはあまり注目していなかったから驚いてしまった。
翌日も豪栄道は負けた。三敗豪栄道、四敗に日馬富士と朝乃山。豪栄道が持ち直さず朝乃山が幕尻で勝ち続けた場合、巴戦となるのだが……。新聞は書きたてる。新入幕での優勝となれば一九一四年五月の両國勇治郎以来百三年ぶり、富山出身力士の優勝は一九一六年の第二十二代横綱・太刀山以来で百一年ぶりの大ごとであると。
Hは朝乃山が巻き込まれている事態に興奮して、手が震えているそうだ。シェイカーを振るのにちょうどいいではないか、と思ったが言わない。
しかし十四日目、朝乃山は阿武咲相手に何もできずあっさりと押し出された。朝乃山の大勝ちが理由だったのだが、地力に差があり過ぎる前頭三枚目と十六枚目の対戦だった。豪栄道は三敗を死守。これにより朝乃山の優勝は消滅した。
千秋楽、上京した父と母の前で十勝目。勝った場合には敢闘賞受賞と条件がつけられていた大事な一番を落ち着いて取った朝乃山に、私は拍手をする。
どうしているかなと思い、Hに電話をかけた。Hが朝乃山の活躍に心を寄せていることを知っている人たちがその健闘を称えに来てくれて、バーは大賑わいだそうだ。この様子では、もし朝乃山が幕内最高優勝していたとしてもお客さんを追い払って高砂部屋に駆け付けることは不可能だったろう。