現在、電車内でも、ホームでも、人々の視線はひたすら手元のスマホに集中する。その危険性を指摘するのは、交通工学を専門とする愛知工科大学名誉教授で特任教授の小塚一宏さんだ。
「歩行する時、人間は無意識のうちにさまざまな情報を目で拾って認識しています。実際に実験してみると、普通に歩いている時は、左右でおよそ3mずつ安全確認を本能的に行っているんです。ところが歩きスマホの場合は、小さな画面を中心にして20~30cmの範囲しか見ていない。時折、視線を上に上げたとしても、左右まで見ることはありません」
小塚さんは実験として、駅のホームで学生にスマホを持たせて、ツイッターをさせながら歩かせた。すると学生は、すぐ横を通る子供にもまったく気づかなかった。それが視野20cmの実態である。
しかも最近は、ますますスマホの画面が大きく精細になり、高音質で地図アプリやゲームなどのコンテンツが充実し、ハンズフリーで歩きながら通話もできるようになった。
スマホに“入り込む”人々が増加したことで、事態はより危険になったと小塚さんが続ける。
「人間の脳は2つのことを同時にすることができず、興味の強い方に意識が集中します。ツイッターやLINEなどのSNSを更新したり、動画を見ながら歩きスマホをすると、周囲への注意力がますます散漫になり、重大な事故につながりやすい。1台のスマホで生活が便利になった半面、人が人を見なくなりました」
その結果、視覚障害者のみならず、健常者の事故も増加した。2006年は161件だった転落、接触などのホームで発生した「人身障害事故」は2014年には年間227件と増えている。そのたびに電車が止まり、帰宅の足が遅れるなど実害を被る人は数百万人単位に上る。
◆「危ないですよ…」と言ってみたら
駅の現場はどうなっているのか10月下旬の夕方6時過ぎ、本誌・女性セブン記者は帰宅ラッシュでごった返す渋谷駅に赴いた。
山手線のホームでは、スマホを見ながら移動する人たちが群れをなす。高齢者以外の多くの人が歩きスマホで5秒に1度ほど視線を上に向ける。イヤホンをして電車の進行方向に歩くのでホームに電車が到着したことに気づかず、自分のすぐ横を車体が通り越した時に慌ててスマホから目を離す男性もいた。ホームの端すれすれを歩きスマホで通り過ぎる若い女性にハラハラする。