本誌・女性セブン記者(53才・女性)は母(80代)の認知症が顕著になってきたとき、つらかったのは母が別人のように見えたことだ。
同じ話を延々と繰り返し、私が母のお金を盗ったと憎々しげになじる。どれも認知症の典型例だからマニュアル通りに要領よく対処すべきとわかっていても、それが母を侮り欺く行為にも思えて、結局、私がキレて母を苦しめた。
家族だからこそ、対処に戸惑うことの多い認知症。神奈川県横浜市のせやクリニック副院長で、認知症専門医の川口千佳子さんに、認知症との上手な向き合い方を聞いた。
「認知症になってできなくなったことや不可解な言動など、ご家族はどうしてもインパクトのある症状に目がいきがちです。頭では病気と理解していても、長年家族として接してきた歴史がありますから、簡単に受け入れられないのもわかります」と川口さん。
クリニックでも家族の悩み相談は絶えないという。
「認知症は、いろいろな原因で脳の神経細胞が衰えたり死滅したりすることで起こります。不可解な言動も、その人の頭の中を想像し、脳の機能の不具合が起きていると考えてみてください。
たとえば多くの認知症で発症する記憶障害。ヒトはたくさんの情報の中から、大切な情報、関心のある情報を“イソギンチャクの触手”のような海馬と呼ばれる器官でキャッチし、一時的に保管。そこで重要・印象的と認識された情報が大脳皮質の中の“記憶の壺”にファイルされます。いったんファイルされれば、普段は忘れていても、必要なときに取り出して思い出すことができるのが正常な脳。
ところが老化すると“触手”の力が衰え、一度にたくさんの情報をつかまえておけなくなったり、“壺”に入れるのに手間取ったりします。さらに認知症になると“触手”は病的に衰え、情報をつかまえ切れず、ついさっきの出来事でも覚えられません。でも認知症になる以前に“壺”に入っていた情報は生きていますから、昔のことはよく覚えています。特に調理作業や自転車の運転など、体で覚えた記憶は比較的長く保たれます」
なるほど母のように長年主婦だった人が認知症になり、献立や調理の段取りができなくなっても、包丁が使いこなせるのはこういうわけだ。
「認知症がかなり進行すると“壺”自体が壊れ、昔の記憶も体で覚えたことも失われます。でもこれは歩行や言語能力も失われる段階(FAST分類6~7)。それまでは、個人差こそあれ、経験を生かしたいろいろなことができる可能性は残っています。私の患者さんには書道や刺繍の先生を続けておられるかたも。教室の運営などを助けてもらえば、培った技術を教えることはできるのです」
※女性セブン2017年11月9日号