神奈川県座間市で9人の遺体が見つかった事件で、殺人犯の心理に注目が集まっている。そんな中で刊行されたノンフィクション事件ルポ『全員死刑』(鈴木智彦・著/小学館文庫)が、この11月に映画化されることもあり、話題を呼んでいる。2004年に福岡県大牟田市で起きた4人連続殺害事件で、暴力団組長の父、母、兄とともに逮捕され全員死刑判決となった一家の次男・北村孝紘死刑囚による犯行手記だ。文庫解説を務めた作家の深町秋生氏は、当時の事件を以下のように分析する。
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この凄惨な事件は、まず兄の孝と孝紘が両親に内緒で、貸金業者の高見小夜子さん宅に押し入り、まだ十五歳の小夜子さんの次男を殺害。貴金属入りの金庫を奪うところから始まる。
兄弟ふたりは貴金属を質屋で勝手に換金。父母にバレぬようにあれこれ芝居を打ったり、とぼけてみせるのだから、組の仕事どころか裏切り行為だ。
この手記のなかでは、殺人に対して快感すら覚えたと告白してもいるが、けっきょくは覚せい剤の力を借りるなど、自分のハートの弱さを自覚していない。
殺しをそそのかした兄に対し、口を極めて罵っているが、犯行中はさんざん命令され、コケにされ、手を汚すように操縦されているにもかかわらず、孝紘は最後まで逆らわない。著者(鈴木智彦氏)が指摘するように、弱い者には噛みつくが、強い相手には噛みつかない。よく飼い慣らされた犬なのだ。
弱く愚かしいのは、なにも孝紘だけではない。暴力団関係者には穏和で優しい性格だとの評価を受けていた父の實雄は、身内には容赦がなく、若い衆はなかなか居つかず、組の財政は火の車だ。小夜子さん一家の殺害は、あくまで大金強奪が目的だったにもかかわらず、常人には考えられぬほど場当たり的である。
被害者のバッグに入っていた二十六万円の現金にはしゃぐ母。巧みに弟を操縦しながらも、肝心なところで抜け目なく身をかわし、一家とは無関係のごとく装うなど、猿知恵を働かせる長男。人間とはいかに哀しい存在であるかを突きつけられる。
※鈴木智彦・著/『全員死刑』より