突然スタートした認知症の母(83才)の介護。N記者(53才・女性・一人っ子)は母をデイケアに導入した。その効果についてN記者が報告する。
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元来、母は社交的な人だ。私が子供の頃は年中、家にママ友が来ては延々とおしゃべりをしていたし、私が社会人になった頃には、趣味の俳句や読書の会に入り、よく仲間と旅行に出かけていた。
実家のアルバムを見ると、前半は私の成長と家族の思い出ばかりだが、中盤からは、父とのふたり旅の写真が少しと、私の知らない友達に囲まれた母の笑顔で満ちている。実はその写真を見て初めて、親の中高年時代を知ったのだ。
そんな両親が70代の前半、40年近く暮らした団地を離れ、郊外のマンションに引っ越した。初めのうちは親戚や友人を招いて賑やかにしていたが、ほどなく訪問者もいなくなった。当然ながら親戚も友人もともに老いていくのだ。
マンションの1室にふたりきり。買い物や健診など、限られたお出かけでもふたりきり。今思えばこの頃、ふたり揃って認知症が始まったかと思う。転居から5年目に父が急逝。突然ひとりになった母をどうしよう。友達だけは、私が用意するわけにいかないのだ。母の生活再建にあたり、週3回のデイケアを導入。こもらせたくない一心だった。
「デイケアって習い事みたいなものよ。家にひとりでいるとボケちゃうからさ。どんな内容のデイケアがいい?」
あえて遠慮なく聞くと、
「あらそう。運動するのがいいわ。歩けなくなるとNちゃんたちに迷惑かけるから」
認知症で不可解な言動も多い中、親の介護にあたふたする娘に“協力してあげている”的な返答に、拍子抜けすると同時におかしくなった。
そしてリハビリを目的としたデイケアに通うことになったのだが、母は生来、運動とは無縁の人。自転車にも乗れない。落ち着いた頃を見計らい、見学をお願いしてみた。こぢんまりとした部屋はさながらスポーツジムのようだ。
ボディー・スパイダーはゴムロープを手や足に装着して引っ張る筋トレマシーンで、ちょっと体験させてもらうと結構な負荷がある。母も必死の形相。初めて見る表情だ。母が家族旅行や展覧会で、私と並んでどんどん歩けるのは、なるほどこれのおかげか。
平行棒では歩行訓練。仲間が見守る中、棒につかまりひとりずつ歩く。歩き方にルールが設けられ、戸惑う母に、「大丈夫ですか?」と、スタッフが声をかける。
「大丈夫じゃねぇから、ここに来てんじゃねぇか」と、大声で茶々を入れるおじいさん。どこにもこういうキャラの人っているものだ。と、間髪入れず「そうよ、 難しいんだから! あなたやってごらんなさい」と母。まるでかけ合い漫才のような“間”にドッと笑いがわいた。
それまで無表情だった人たちも一斉に破顔し、離れてじっとしている人たちですら、母たちの笑いに顔を向けた。
「デイケアは楽しいよ。でも通うことは高齢者の務めよね。将来、Nちゃんたちに迷惑かけたくないからね」
母は、おなじみのせりふで締める。デイケアにも役割を見出して頑張る母、偉いぞ!
※女性セブン2017年11月23日号