会社帰りに馴染みの店で一杯──サラリーマンのささやかな楽しみだ。一方で、定年退職と同時にその楽しみを失い、寂しさを感じる人が少なくないという。半年前に退職したばかりの元商社マンのAさん(65)もそんな一人だ。
「学生時代の友人と飲もうとしても、離れた場所に住んでいれば頻繁には会えません。歳を取るとわざわざ繁華街まで出るのも、飲んだあとに混んだ電車で帰るのもしんどいですからね。
だから地元の徒歩圏に行きつけを作りたいと思っています。ただ、なかなか難しいものですね。時間に余裕ができてゆっくりはしたいので、若者が多い格安チェーン店は遠慮したいけど、高級店に週何度も通うほどの収入はありません。そもそも、肩肘張らなきゃいけない店というより、人柄のいい店主や店員さんと顔なじみになれて、たまに他の常連さんとも盃を傾けたりできる、そんな“空間”が欲しいんですよね」
Aさんのような「ご近所居酒屋」探しは意外に難しい。“居心地”“人柄”といった要素は「人気」や「値段」のように定量化しづらいからだ。では、どう探せばいいのか。全国津々浦々の居酒屋を飲み歩き、数多くの“居酒屋本”を出版している作家・太田和彦氏はこう話す。
「地元で長年営業している家族経営の店には良い店が多い。競争の激しい飲食業界で長く続いているのは、良心的で“実直な商売”をしている証です。住居と店舗を兼ねた路面店なら、さらに期待できますね。店の上に主人が住んでいれば、早くから仕込みをするなど、時間をかけた丁寧な仕事ができるからです」
近所の路面店は散歩や買い物の途中に下見をしやすいというメリットもある。開店の2時間ほど前から打ち水をしていたり、人が出入りしている気配があれば、すでに仕込みが始まっている可能性が高い。