痴呆の母を突然介護することになったN記者。
介護の最中に、よく耳にするのは、高齢者の便秘問題だ。しかし、本誌・女性セブンN記者(53才・女性)の母(83才)はその悩みとは無縁のよう。なぜか…? それには独自のテクニックがあるのだという。
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母の趣味は読書である。私が物心ついた頃には、家中の壁が本で埋め尽くされ、父の帰宅を待つ間や、寝床で眠気に負けるまで…と、ちょっとした時間を見つけては、母は本を読みふけっていた。
『日本の文学』『フォークナー全集』『ヘッセ著作集』など全集ものが揃い、寺田寅彦や串田孫一、開高健が大好き。私が大学生のころ、林真理子の『ルンルンを買っておうちに帰ろう』をいち早く入手し、「この人は大物よ」と、豪語していたことを思い出す。
若い頃、熱心に読んだ本の世界は認知症になってもしっかり残っているようで、先日も来年のNHK大河ドラマ『西郷どん』の原作本で話題の林真理子の講演会に行き、「真理子さん、やっぱりご活躍ね」と、自分の読みが正しかったことに満足げだった。
そして毎年末の家族の恒例行事になっている『第九』コンサートでは、母の文学名言も恒例行事。演奏のクライマックスの第4楽章まであまり出番のない打楽器の人たちが、約1時間、舞台上でじっと出番を待つ表情が面白くて、クラシック門外漢の私たちはつい、そこに注目してしまう。そして必ず、母は言うのだ。
「昔、寺田寅彦という人も、“オーケストラの中で太鼓を打つ人はどうも務め映えがしない”なんて言ったのよ」
確かに『柿の種』という著作の中にそんなくだりがある。スマホ世代の私の娘は、毎年それを聞いて祖母へのリスペクトを深めているのだ。母は本だけではなく、ファッション誌、週刊誌、旅行誌と何でも読む。もちろん新聞も。つまり活字が好きなのだ。
この気持ちはわかる。活字を追ううち、頭の中に描いた世界に引き込まれる興奮、高揚、夢見心地。テレビや映画、ネット動画にはない醍醐味だ。母が雑誌を読むのは、昔からお風呂。お湯に浸つかりながらじっくり読むので、雑誌は倍くらいに膨む。新聞はトイレ。新聞を持って入ると1時間は出てこない。
「トイレ、落ち着くのよ~。ここで新聞を隅から隅まで読むときが最高に幸せ」とは、若い頃の母。おかげで便秘に悩まされたことがないというのが、母の自慢である。
独居になってもこの習慣は変わらない。認知症が進み、読んだ内容はすぐ忘れてしまうけれど、今もサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)の母の部屋にある雑誌や文庫本は、相変わらず膨らんでいる。
そしてもう1つ、昔から変わらないのは、書店や図書館で本に囲まれるととたんにトイレに行きたくなること。この妙なクセ、本好きの人の間ではわりとよく聞く話だ。
通院などの外出時には、できるだけ書店に寄るのだが、新刊コーナーを歩いただけで、
「トイレどこかしら? ちょっと行って来てから、ゆっくり見るからね」と、声が弾む。
ズラリと並んだ本の表紙や紙のにおいが、ワクワクのスイッチを入れるのだろう。母がいまだに便秘に悩まされないのは、このおかげかも。
いつまでも、このスイッチが入りますように…。
※女性セブン2017年11月30日・12月7日号