【著者に訊け】原田マハ氏/『たゆたえども沈まず』/幻冬舎/1600円+税
1886年、パリ。新たな芸術の萌芽を孕んだその街の光景は、原田マハ氏の原点であり続けたという。中でもこの年、弟テオを頼って移り住んだフィンセント・ファン・ゴッホは、
「避けて通れない、それでいて近づきがたい存在でもありました。ヘタに触ると、ヤケドしそうで(笑い)」。
しかし機は熟した。明治初期に単身渡仏した実在の美術商、林忠正という格好の補助線を発見することによって。1867年のパリ万博以来、西洋社会は〈ジャポニスム〉旋風に沸くが、パリ10区に「若井・林商会」を構える忠正は、まさにその立役者。さらに彼の開成学校の後輩〈加納重吉〉という架空の人物を配したことで、本書『たゆたえども沈まず』のドラマは俄かに動き始める。かたやオランダ、かたや遥か日本からやってきた、2組の異邦人によって。
森美術館やMoMAにも勤務経験のある氏の専門は「モダンアートの芽生え」。19世紀末~20世紀初頭に、印象派や後期印象派を経て現代美術に至る時代のうねりを、『楽園のカンヴァス』(2012年)以降、数々のアート小説に切り取ってきた。
「実は日本人ほど早くから印象派やゴッホの作品に親しんできた国民も珍しいんです。それには『リーチ先生』(2016年)にも書いたように、一つには白樺派が印象派を紹介したこと、そして西洋社会を席捲したジャポニスムにモネやセザンヌやゴッホが感化されたことが大きいと思う。その辺りの親和性やモダンアートの源流としての浮世絵に関しても、忠正とこのゴッホ兄弟を一緒に描くことで、見えてくる予感がしたんです」