【著者に訊け】畑野智美さん/『消えない月』/新潮社/1944円
【本の内容】
〈窓を開けると、桜並木が見える。/わたしの部屋はアパートの二階にあり、ベランダから手を出せば届きそうなところまで桜の枝が伸びている〉。こんな穏やかな文章から始まる本書が描き出すのはストーカーの狂気。治療院にマッサージ師として働くさくらは、客として出会った松原と結婚を前提に付き合い始める。が、幸せな日々が一転、松原が変貌していく。互いの視線から紡がれる物語の先に待ち受けるのは嵐の後の平和か、はたまた──最後まで息をつかせぬ衝撃の一作。
3年前の夏、ストーカー事件の加害者心理に焦点を当てたNHKのドキュメンタリーを見たことが、この小説を書くきっかけになった。
「『わかる!』と思ったんです。被害者だけじゃなく加害者の気持ちも。両方の要素を併せ持つ、というのは結構、珍しいんじゃないかと思いましたし、もともと犯罪の加害者についてきちんと書いてみたかったので、新作の打ち合わせで会った編集者に、『絶対に書きたい』と言いました」
さくらがマッサージ師として働く治療院に、編集者の松原が客として訪れ彼女を見初める。さくらの方にも彼に憧れる気持ちがあり交際は始まるが、束縛を強める松原は、さくらが別れを切り出したとたん異常な執着を見せる。
さくらの視点と松原の視点が章ごとに入れ替わる。さくらにとっては恐怖でしかない常軌を逸した松原の行動も、本人の目を通せばそれなりの理屈があることがわかる。プライドの高い男が都合のいいストーリーを自分の中で作り上げる過程が、生々しく、恐ろしい。
加害者と被害者の心の動きがあまりにリアルで、ストーカー被害者だという人が、「過呼吸を起こして泣きながら読んだ」と、アマゾンのレビューに書いていた。
「自分の周りでも、読んだ人が『怖い、怖い』って言うんですけど、それはたぶん身の回りで起こりそうなことだから。小説に出てくるストーカーって初めから気持ち悪い存在に描かれることが多いですが、現実に起きた殺人事件の容疑者を見ても、すごく見た目がよかったり、社会的に問題のない人だったりするんですよね。松原みたいな高学歴のストーカーも、割に多いそうです」
題名に「ストーカー」と入る本はほぼ目を通したという。小説の素材を探す、というより、過去にあった事件に似ることがないようにするためだったそうだ。『消えない月』は、さくらにとっての松原、松原にとってのさくらを思わせる。
「手を伸ばしても届かないものの象徴でもあるし、昼間、出ているのに気づいてぎょっとするようなこともあります。1話目を書いているときに『これだ!』と思ってタイトルにしました」
撮影/石黒あみ、取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2017年12月21日号