【書評】『陸軍中野学校 「秘密工作員」養成機関の実像』/山本武利・著/筑摩書房/1700円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
謎に包まれた諜報機関「陸軍中野学校」の紛れもない、本格的な歴史書の出現である。「中野」といえば、ルバング島から生還した小野田寛郎元少尉の帝国軍人そのものといった直立不動の姿勢と、市川雷蔵映画のハードボイルドで端正な風貌を思い出す。そんな虚実とりまぜたイメージの予断を排し、たった七年間の歴史を闇の中から発掘している。
中野学校は同時代には存在そのものが秘匿されていた。隣の敷地にあった憲兵学校出身者もその存在に気づかなかった。講義内容をノートにとることも歓迎されず、教科書は返却する必要があった。徹底した秘密主義である。学生たちは髪を伸ばし、背広とネクタイを支給された。全陸軍から選抜され、「透明人間」として生きねばならない。勲章もなく、靖国に祀られることも望めないエリート集団であった。
中野の教育方針は戦局などで変更を余儀なくされるが、根本にあるのは、単独行動に耐えうる知性と判断力の育成だったといっていい。命令一下、死ぬことを義務づけられた軍人たちとは正反対である。自由な議論が歓迎され、降伏か玉砕かを論じ、天皇制の是非までフリートーキングだった。その一方で、「国体学」が重視されていた。特殊な教育空間から二千数百人が巣立っていった。