54才で認知症の母(83才)の介護にあたる女性セブンのN記者。今回は歌によって母の生き生きとした姿を見られたという。「カラオケは介護予防にいい」ということに気付いたという。介護予防とは、高齢者が要介護状態になるのを防いだり、要介護状態の悪化を防ぎ改善を図ることを意味する。
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「さぁみなさん! ご一緒に歌いましょう!」
2017年の夏、母と行った森山良子さんのコンサートでのこと。森山さんは私も母も大好きだ。『この広い野原いっぱい』など、一緒に口ずさめる歌もある。とはいえ、母は昔から歌を歌うのが苦手。ましてや人前で歌うなど言語道断。とんでもないことだった。
私たちの世代は学生時代にカラオケがはやり、社会人になると宴会といえばカラオケが定番。多少、恥ずかしがり屋でもおつきあいで歌える余裕はあるが、母はそんな時代の流れにも頑かたくなに抗っていた。
私が子供の頃は、学校行事の親子合唱で母はいつも口パクだったし、親戚の集まりでカラオケをやろうということなったとき、怪訝な顔で「あたし帰るわ!」と怒ったこともある。そのため、80才でサ高住(サービス付き高齢者向け住宅)での新生活が始まったとき、住居内で頻繁に行われるカラオケ教室には「無理に誘わないでください」と、念を押して頼んだほどだ。
そんなわけで、母の歌といえば家事をしながらの鼻歌程度しか聞いたことがなかった。カラオケは介護予防に効果ありと取材でも聞いていたけれど、性分だから仕方がない。
それでも、好きな歌手の歌に手拍子で合わせるくらいなら楽しめるはず…。そう思って誘ったコンサートで、隣の席から聞こえてきたのは、『この広い野原いっぱい』のサビ部分だった。
なんと、母が歌っている! 初めて聴く歌声である。驚くと同時にちょっとからかいたくなり、「あれぇ、ママが歌ってる~」と顔をのぞき込むと、「あら、どうして? 楽しまなきゃソンじゃない!」若干、音程を外した母の歌声も会場全体の歌声と一体になり、楽しい一夜が終わった。
母の認知症が判明したのは5年ほど前。記憶障害や見当識障害(時間や季節がわからなくなる)などは確実に進み、できないことは確かに増えた。でも一方で、苦手だった歌を楽しむようになるなど、新たに開拓された面もあるのだ。
最近、驚かされたのが母の住むサ高住での出来事だ。母と私とで出かけ、夜9時近くに帰ると、マンションの入り口で母のいちばん親しくしている老婦人が泣いていた。
「あたし、なんだか悲しくなってきちゃったの。どうしたらいいかわからないの…」
彼女も認知症なのだという。普段は朗らかで、おしゃべり好きのかわいい人だ。私もどうしたらよいかわからず困惑していると、母が小声で、「いつものことなのよ」と、私に耳打ちするや、彼女に、「明日になったら悲しくなくなるわよ。今日は寝ましょう。大丈夫よ」と、声をかけた。
子供のように母に伴われて歩き出した老婦人に母は、「しっかりなさいね!」と、今度は励ますように言い、背中をトントンしてあげていた。
認知症となり、母はすっかり“助けが必要な人”になったと思っていた。涙にくれる友人に付き添う母の後ろ姿に、私はかける言葉がなかった。
※女性セブン2018年1月4・11日号