年末年始はじっくりと本を読む良いチャンス。『週刊ポスト』の書評委員が選ぶ書は何か? 評論家の坪内祐三氏は、「明治百五十年」を読み解く本として、『「新しき村」の百年 〈愚者の園〉の真実』(前田速夫・著/新潮新書/760円+税)を推す。坪内氏が同書について解説する。
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二〇一八年は明治百五十年に当たる。それから様々な事が起きたあの一九六八年から五十年だ(明治百年だった一九六八年のことはよく憶えている)。しかし、それらに関連する新刊書は見当たらない。そんな中この『「新しき村」の百年』を見つけた(著者である前田速夫は『新潮』の編集者として車谷長吉をカムバックさせ平野啓一郎をデビューさせた人だが今や読売文学賞ノンフィクション作家だ)。「新しき村」がまだ存在することに驚く。
高校一年の時(一九七四年)、私は武者小路実篤にはまり『真理先生』をはじめとする作品を読んだ。その時、武者小路が大正七(一九一八)年に「新しき村」というユートピアを創設したことを知り、それが今(一九七四年)も存在していることに驚いた。それからさらに四十四年だ。
武者小路は母の病気の看病のため東京に戻り、「木曜会」という定例会を開くが、そこで出会ったのが前田氏の両親だった。だから「新しき村」は前田氏にとって親しい存在だ(私は前田氏と二十年来の知り合いだがその事実を初めて知った)。
「新しき村」が軌道に乗るのはダム工事によって宮崎県日向から埼玉県入間に移って以降だ。以来何度かの危機はあったものの(例えば一九五〇年の全村民は五人)、一九八一年には全村民六十人で、養鶏業や農業などによって三億八千九百万円の収入を得る。しかしそれ以後は日本の歩みに重なり、超高齢化が進んだ二〇一七年九月の全村民は十名だ。
優れた民俗学者でもある前田速夫のキーワードは異界すなわち異空間だ。「都心に近いというのに、いつ行っても新しき村は緑が濃く、春先は小川にメダカが泳ぎ、初夏は田圃にホタルが舞う」「新しき村」はまさに異空間だ。それを失ってはならない(それは世界の消滅につながるから)という強い思いが本書から伝わってくる。
※週刊ポスト2018年1月1・5日号