音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の連載「落語の目利き」より、三遊亭萬橘(さんゆうてい・まんきつ)の人気ぶりについてお届けする。
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2018年、大きな飛躍を遂げそうだと僕が期待しているのが「圓楽党のホープ」三遊亭萬橘。台風21号が日本列島を直撃した2017年の10月22日、完全装備でお江戸日本橋亭に出かけた。「三遊亭萬橘独演会“10月の萬橘”」を観るためだ。
お江戸日本橋亭は前方が畳敷き、後方が椅子席でキャパシティは120人程度。毎日昼夜で様々な公演(主に落語会)が開催されている。昔から随分と通ってきた場所だ。
「10月の萬橘」は夢空間(落語中心のイベント企画会社)が初めて主催する萬橘独演会で、チケットは完売。しかしこんな暴風雨の中で何割が来るだろう、と思いながら行ってみると、ほとんどの席が埋まった。『蔵前駕籠』に「女郎買いの決死隊」というフレーズがあるが、「みんな落語聴きの決死隊だなぁ」とニヤリ。
2012年の春風亭一之輔真打昇進披露興行で暴風雨の中「落語聴きの決死隊」が新宿末廣亭を満員にし、一之輔が『らくだ』を熱演したのを思い出す。
しかもこの日は衆議院選挙。6時半開演のこの会の真っ最中に開票が始まる。「新しく始めた会の初日に選挙と台風が来るとは」と愚痴りながら入っていったのは、伝説の鼓の偽物を道具屋と家臣が結託して殿様に百両で売りつけようとする『初音の鼓』。
普通にやったら大して面白くない噺だが、萬橘は独自の演出でギャグを随所にちりばめ、新鮮に笑わせた。特に道具屋のキャラが可笑しい。サゲもオリジナル。地味な噺を爆笑編に生まれ変わらせる萬橘の面目躍如たる1席だ。