【書評】『横山隆一』/末永昭二・編/皓星社/2800円+税
【評者】坪内祐三(評論家)
横山隆一といえば「フクちゃん」だが、私は「フクちゃん」が大好きだ。しかし、初出紙(毎日新聞)で読んでいたわけではない。私の実家は朝日、読売、日経、そして産経もとっていたのに、何故か毎日新聞は購読していなかった。だから私は高校時代、本の形(小学館だったか講談社だったかの漫画文庫だったと思う)で出会い、愛読したのだ。
早稲田大学に進み、早慶戦にけっこう熱心に通ったのも早大の応援のイメージキャラクターが「フクちゃん」だったからだと思う。やがて文章家横山隆一を知り、鎌倉文化人の中心人物であることも知った。
横山隆一は最晩年つまり九十歳近くになっても元気で、毎年恒例の自宅でのお花見(百名以上の人が集まる)をドキュメントしたNHKの番組は再放送どころか再々放送された。だから私は横山隆一について知った気になっていたが、横山隆一が漫画家デビューする前、挿絵画家としてまさに『新青年』風のモダンな挿絵を描いていたことを本書によってはじめて知った。巻末の浜田雄介と小松史生子によるインタビューも貴重だ。
挿絵から漫画に比重を移して行ったのには理由がある。柳田國男に挿絵を頼まれた。そして描いて持って行ったら、時代設定のデタラメを細かく批判された。「どうも挿絵は元手がかかる、で、漫画はでたらめでも通りますからね」。
当時の原稿料は挿絵が一枚三円で、月に五枚書けば充分に生活出来た。つまり『新青年』だけで生活出来た。しかし、漫画の方がもっと良かった。「このくらい(一枚)で七円になりました」。「このくらい」というのがどのくらいの大きさだかわからないが、二枚描けば良かった。
金銭のことで興味深いのは、横山氏が集めた物が披露される中で、「小林秀雄が横山氏宛にお金の貸借について寄越した葉書が珍妙であった」という一節だ。小林はいくらぐらい借金したのだろう。
※週刊ポスト2018年1月26日号