“花の”と冠が付くほど隆盛を極めた1982年デビュー組のアイドルたち。小泉今日子や早見優、原田知世、堀ちえみなど綺羅星のごとき逸材が続出した。そんな82年組の中でも大成功を収めた中森明菜『少女A』の作詞家・売野雅勇、『ザ・ベストテン』司会者・松下賢次、著述家・太田省一の3氏が、あの時代と「花の82年組」を振り返る。
太田:82年組アイドルでは、小泉今日子さんは欠かせないですね。アバンギャルドな仕事も軽々こなしながら、輝き続ける。アイドルの概念を新しくした別格の存在。
売野:僕、彼女にものすごく詞を書きたかったんですよ。彼女の持つフィーリング、モダンな感覚がとても好きで。YMOに通じる素養を持っていて、アイドルを超えたポップアイコンだった。中森明菜さんに書いていたせいか、なぜか僕には発注が来ませんでした。
松下:一時期、キョンキョンは「Kyon2」と表記していましたよね。アイドルというより、自然な感じの人でしたね。『キスを止めないで』を歌う時に穿いていた毛皮のミニスカートが本当にかわいくてね(笑い)。
売野:堀ちえみさんにもシングル3曲の詞を書きました。僕は彼女にすごくセクシャリティを感じたので、『夢千秒』では「私の素肌は綺麗でしょうか」という詞も綴りました。
太田:『スチュワーデス物語』(TBS系)の「ドジでのろまな亀」という台詞の印象が強いので、セクシャリティとは意外ですね。
松下:売野さんは、本性を見抜いていたんですね(笑い)。