〈私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。〉──これは、2016年8月8日、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」の一部だ。では、「天皇陛下のおことば」はどのように仕上げられ、国民に伝えられるのか。『天皇陛下からわたしたちへのおことば』(双葉社刊)を監修した神道学者の高森明勅氏が解説する。
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天皇陛下の「おことば」については、一般に誤解が多いのではあるまいか。宮内庁の役人あたりが、ただ美辞麗句を並べた無難な作文をしているだけではないか、と。
しかし、事実はまったく異なる。陛下ご自身が吟味と推敲を重ねて、自らのお気持ちを国民に正しく伝えられるよう精魂を込めて仕上げられたものだ。当意即妙のお答えの場合は、慎重なご配慮のうちにも、ますますそのお人柄が映し出される。
もちろん、憲法上「国民統合の象徴」で「国民の総意に基く」とされる天皇の地位は重い。古代以来の歴史を背負ったお立場でもある。だから、人々が想像できないような制約のなかでのご発言だ。当然、抑制的で多方面への周到なお気づかいのうえに選ばれたご表現になるのは、避けられない。
しかし、だからこそ国民に示される「おことば」には、陛下のお考えやご意思が誠実に、丁寧に凝縮されている。こちらがハッと胸を打たれるほど、率直にお心のうちを披瀝されているような時もある。平成28年8月8日のビデオメッセージはその典型例だろう。心を澄ませて珠玉の「おことば」に触れてほしい。
※SAPIO 2018年1・2月号