近くにいるからこそ気づきにくいのが家族の愛。困難や苦労を共に乗り越えたからこそある心温まるエピソード。35才の会社員の女性がそんな思い出を語ってくれた。
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「もう見舞いに来ないでくれ」
げっそりとやせ、生気を失った夫は、その意志の固さを示すように、瞳にだけ力を込めて妻である私にそう言ったのです。亡くなる1週間前のことでした。高校・大学とラグビーに励んでいた夫は、見るからに屈強そうで、病弱な私とは対照的。プロポーズの言葉も「おれがお前を守るから」でした。
その言葉通り、子供ができないからとつらく当たる義母や世間から私を守り、本当にやさしく包み込んでくれる人でした。夫はまさに私のヒーローだったのです。
そんな夫にがんが見つかったのは彼が32才の時。すい臓がんのステージIVでした。私は仕事を辞め、毎日病院に通いました。しかし看病の甲斐なく、夫はやせていきます。それでも決して、嘆いたり、泣いたりすることはありません。むしろ泣くのは私。夫は笑顔で励ましてくれるほどでした。
しかし、入院から数か月後、あとは痛み止めくらいしか処置の仕様がないことを医師に告げられると、夫は急に私を突き放すようになったのです。そして泣きながら、
「お前の前では最後まで、強い男でいさせてくれ」
と。夫が涙を流す姿を、私は初めて見ました。
「つらい治療にも弱音も吐かずに向き合っているあなたは、今だって強い男よ!」
私は夫にできるだけ明るく告げ、それからも毎日、看病に通いました。もう私が泣いてはいられませんでした。
ところが、洗濯のため一度帰宅した際に、ひとりで逝ってしまったのです。私に死にゆく姿を見られたくなかったのかもしれません。でも、夫のスマホには、「一緒になれてよかった、愛してる、ありがとう」の動画が…。最期まで夫は、間違いなく私のヒーローでした。
※女性セブン2018年2月22日号