【著者に訊け】彩瀬まるさん/『くちなし』/文藝春秋/1512円
【本の内容】
〈もうだめなんだ、とアツタさんに言われた。いつかはくるだろうな、そうだろうな、とは思っていた〉――アツタさんから、10年にわたる不倫関係の解消を迫られたユマちゃん。とにかく何か贈らせてくれよと言うアツタさんに、ユマが望んだのは腕だった(「くちなし」)。7篇の短編に共通するテーマは「愛」。物語はいずれも予想もつかない方向に進み、短編の魅力をたっぷりと堪能できる。第158回直木賞候補作。
別れた愛人の左腕と暮らす女(「くちなし」)や、幻の花を見ることで結ばれる恋人同士(「花虫」)。ここではない世界の、一風変わった愛の形を描く短篇集である。
「自由に書きたいことを書いていい、という依頼だったので、今まで書いたことのない、読者に驚いてもらえるようなものがいいなあ、と模索しているなかで『けだものたち』が生まれました」
男と女には異なる世界があり、脱皮を繰り返して獣に変異した女は愛する男を頭から食べてしまう。「けだものたち」は寓話のようで、奇妙なリアリティーがある。
「耽美な世界を描くことはもともと好きでしたが、美しさだけで終わらせずに、現実とリンクさせたり、美しさ以外の部分に力を持たせたりする書き方がなかなかできなくて。今回、『自由に』と言っていただいてチャレンジしてみて、ファンタジーとして描くことで、リアルな世界で感じた違和や課題をより鮮明に、わかりやすく描けた気がします」
「けだものたち」で手ごたえを感じ、「花虫」、表題作の「くちなし」と書き継いでいった。彩瀬さんがいちばん気に入っているという「花虫」は、カマキリに寄生するハリガネムシから発想した。締め切りに合わせて毎回、奇想を考えるのは大変だったそうだ。
7篇のなかで、「愛のスカート」、「茄子とゴーヤ」の2篇だけは、奇想のない、リアリズムの手法で書かれているのも面白い。
「あえて入れました。今、私たちがいる世界も、それぞれのルールのある世界の一つでしかない。現実認識にぐらつきを与えたいな、という意味で入れました」
本の中で描かれる愛は、一筋縄ではいかないものばかりだ。
「一対の夫婦の話として、『けだものたち』はかみ合っていて、ある意味、ハッピーエンドが書けてしまったので、それ以後は、愛に見えるかもしれないけどそうではなかったり、愛は成就しないけど代わりに何か獲得したり、というふうにずらしていきました。でも、決して彼らは不幸ではない。愛とはこういうもの、幸せとはこういうもの、という幻想を砕くことで、もしかしたら自分が自由になりたかったのかなと思います」
■撮影/黒石あみ、取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2018年3月1日号